fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

七月大歌舞伎 第二部 高麗屋・芝翫の『身替座禅』、錦之助・菊之助の『鈴ヶ森』

残る歌舞伎座二部を観劇。今月の歌舞伎座三公演の中では一番入りが少なかった印象。それでも平日だったので、緊急事態宣言下でもあるし、まぁこれ位入れば良しとするしか現状ないのかとも思う。しかし役者は一切手抜きナシの熱演。実に結構な第二部だった。

 

幕開きは『身替座禅』。高麗屋の右京(最近右京と云うと水谷豊になってしまうが)、芝翫玉の井橋之助の太郎冠者、米吉の千枝、莟玉の小枝と云う配役。米吉以外は全員初役。高麗屋は齢八十近くにもなって初役に挑むと云う、その溌剌とした精神が凄い。そしてこの右京がまた素晴らしいものだった。

 

当代一の英雄役者・高麗屋にとって、この右京はニンではない。しかしこれくらいの名人になると、関係ない様だ。かつて高麗屋は「役者は何でもやる必要はないが、何でも出来なければならない」と発言していた。それを実践して見せてくれたのが今回の右京だ。筋書で高麗屋が「今回は中村屋の大叔父と、松緑の叔父へのオマージュの気持ちで勤めてみたい」と云っている。確かにこの昭和を代表する両名人は、時代、世話、何でもござれの名優だった。内心この二人に比肩するのは、当代では自分だと云う自負もあるのだろう。

 

先月の甚五郎もそうだったが、今回もこれがあの英雄役者と同一人物かと、疑う位の軽くさり気ない芝居。変な当て込みがなく、松羽目の品位を保ちながら、かつ可笑し味がある。美濃の遊女花子逢いたさに、奥方玉の井に諸国の寺々を巡業して来たいと嘘をつく。玉の井がそれはどれくらいの日数がかかるのかと聞くと、「一年かかるか、二年かかるか」と答える右京。ここの「一年かかるか」の後「二年かかるか」の時に、奥方を恐れるかの様に一瞬間があり、チラりと玉の井を見やる。ここら辺りの細かな芝居が実に上手い。山の神の尻に敷かれる右京の立場がしっかり出ており、全ての亭主族を深く首肯させるものだ。

 

何とか一晩だけの暇を貰い、太郎冠者を身替として、花子の元へ行く右京。花道の引っ込みでの浮き浮きぶりも微笑ましく、また花子との束の間の逢瀬を楽しんで戻って来た時の何とも云えないご機嫌ぶりも可愛らしく、観ているこちらまで自然と笑顔になる。玉の井に露見しているとも知らず、花子の惚気を語る所作事がまた実に柔らかく、そして艶がある。艶やかな花子の姿が見えるかの様だ。

 

対する芝翫玉の井がまた良い。高麗屋が依頼したらしいが、最近自身の女性問題で何かと世間を賑わわせている芝翫に、浮気旦那を持つ奥方の役を振る高麗屋エスプリが効いている(笑)。それを受ける芝翫の度量(?)もまた見事な役者魂。そしてこの玉の井が実にチャーミングなのだ。女形声と、得意の太々とした呂の声を使い分けて場内の笑いを誘い乍ら、右京への愛情の深さも滲み出ている。柄の大きさを生かして自然と亭主に圧力を加える様もわざとらしくなく、好感が持てる。そして芝居とは関係ないが、女形の化粧をすると、亡き父先代芝翫に似てくるのだ。血だなぁとしみじみ思わされた。

 

橋之助の太郎冠者も当代最高の名人高麗屋を前にしても変に力まず、軽く演じて初役としては上々の出来。米吉・莟玉は正に時分の花の美しさで舞台を彩っていた。総じて実に見事な『身替座禅』で、観る前は去年も音羽屋で観たのにと思っていたが、また違った味わいで、素晴らしい狂言だった。

 

打ち出しは『鈴ケ森』。菊之助権八権十郎の勘蔵、彦三郎の熊六、吉之丞の早助、橘太郎の蟹蔵、團蔵の十蔵、そして播磨屋休演により全日錦之助の長兵衛と云う配役。これがまた見事な『鈴ケ森』だった。

 

この狂言成功の理由は、何と云っても菊之助権八だ。まず第一にニンである事。そして形の美しさ、よく通る科白廻しと、間然とするところのない見事な権八。前髪の美しさと若々しい色気が堪らなく良い。加えて立ち回りでもよく身体が動くし、決まりもキッチリしていて、実に見ごたえがある。お決まりの「雉も鳴かずば撃たれまいに。益ねぇ殺生、致してござる」の艶のある科白廻しはこれぞ権八。まずこれ以上望むもののない素晴らしさだった。

 

錦之助の長兵衛も力演ではある。しかし菊之助と対照的にこちらはニンではない。芝居は上手いし、する事に間違いはない。だが権八の立ち回りを見ていて、駕籠を開けて出て来たところ、ここであぁ長兵衛だと思わせなければこの役は勤まらない。これは技術を超えた何かが必要で、ニンでないとどうにもならないものだと思う。錦之助はやはり権八の人。浅草で倅相手の長兵衛なら兎も角、歌舞伎座菊之助相手では厳しかった。これは錦之助には申し訳ないが、播磨屋で観たかったと云うのが本当のところだ。

 

最後に付け加えると、今回は雲助達のメンバーが実に豪華。筋書で團蔵が「今回の雲助は菊五郎劇団で固めることになりました」と語っていたが、正にオールスターキャストで、劇団の若旦那を盛り上げていた格好。実に仕合せな権八さんだった。

 

今月はこの後国立劇場の鑑賞教室も観劇予定。その感想はまた改めて。