国立劇場の歌舞伎観劇教室を観劇。一向に再建の目途が立たない国立劇場。今回の会場は荒川区民会館。駅から遠い(苦笑)。筆者が観劇した回は外国人のための歌舞伎観劇教室と銘打たれており、確かに外国人の方々の姿が多く見られた。会場が会場なので入りを心配していたが、八分以上は入っていたであろうか。音羽屋襲名公演の裏公演(失礼)としては、これだけ入れば上等ではないだろうか。
幕開きは「歌舞伎のみかた」。写真をUPした様に、舞台上部に英語の字幕を出しての解説。担当は青虎。初めて歌舞伎をご覧になる方は？と云う質問には見物衆の殆どの手が挙がっていた。やはりこう云う公演は、歌舞伎の裾野を広げる意味で、大変意義深いものであると思う。竹本や効果音の説明をした後、蝶一郎が赤穂浪士に扮して登場。スマホを取り出してLineの画面をスクリーンに映し出し、「忠臣蔵」の背景と『土屋主税』の解説を判りやすくしてくれた。これだけ前説を付ければ、初めての方にも芝居が判らないと云う事はなかったと思う。
休憩の後に『土屋主税』。『松浦の太鼓』の成駒家バージョンとも云える狂言。初代鴈治郎が初演して以来、代々成駒家の当り役となっており、初代が選定した「玩辞楼十二曲」にも選ばれている謂わば成駒家の家の芸とも云うべき狂言である。配役は扇雀の主税、青虎の其月、新吾のお園、橘三郎の其角、錦之助の源吾。中では青虎と新吾が初役。青虎は寿治郎に、新吾は扇雀に教えを受けたと云う。
成駒家の家の芸とは云え、本来女形である扇雀にとっては必ずしもニンではない役だと思うのだが、兄鴈治郎とはまた違った主税を見せてくれた。科白廻しが女形らしく柔らかい。そしてトーンが謡い調子で非常に独特。しかし決して弱々しいものではない。描線の太さと云うより旗本らしい位取りを重んじた主税で、気品のある艶もありこの役としては斬新な人物像である。そして討ち入りを知った時の驚きと喜びの芝居が実に華やかで、それまでのじっくりとしたどちらかと云えば地味な場が続いていたところから、パッと花が咲いた様な場面となる。ここが『松浦の太鼓』と同様一番の見せ場で、ここの鮮やかさは流石扇雀と云ったところ。
錦之助をはじめとした他の役者も実に上手い。吉良邸討ち入りを知らせにきた錦之助源吾が舞台中央で扇雀主税の前に跪き、見物衆に完全に背中を向けて討ち入りの次第を物語る科白廻しも、聞き惚れる様な名調子。前段の「其角寓居の場」で青虎其月に豚侍と罵られるのをじっと我慢している受けの芝居からのこの場なので、実に感動的なのだ。事情を知らず源吾を罵った事を恥じて自害しようとする一本気な若侍其月を演じた青虎も初役乍ら見事な芝居。新吾お園は、主税とはただの主従はなく、艶っぽい間柄を感じさせる色気がある。『松浦の太鼓』でも其角を演じている橘三郎は、「松浦」とはまた一味違う喜怒哀楽のある人物像を造形しており、これまた見事。
音羽屋襲名公演に多くの役者を取られている関係か、派手な芸風の役者はいない一座ではあったが、各役手揃いでしみじみと心に残る実に立派な芝居であったと思う。鑑賞教室は芝翫・萬壽の組み合わせで来月も開催される。今からそちらもまた楽しみである。
