fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

猿若祭二月大歌舞伎 昼の部 鴈治郎・芝翫の『お江戸みやげ』、松緑の『鳶奴』、中村屋兄弟・松嶋屋の『弥栄芝居賑』、中村屋兄弟・菊五郎の『積恋雪関扉』

二月歌舞伎座昼の部を観劇。松嶋屋に松緑と揃ったせいか(それぞれ出は短いが)筆者が観劇した日は夜の部よりも更に入りが良く、ほぼ満員の盛況。二月の興行としては昼夜共大成功だったと云えるのではないか。世間的には日本勢が大活躍であった冬のオリンピック一色の様相だったが、そんな中でも沢山の人が歌舞伎座に足を運んだのは、本当に凄い事だ。夜の部同様、中村屋兄弟大奮闘の公演である。

 

幕開きは『お江戸みやげ』。直木賞作家である川口松太郎の作で、十七世勘三郎・十四世勘弥のコンビで初演された狂言。「猿若祭」なので、やはり中村屋に所縁のある芝居を持って来たと云うところであろうか。配役は鴈治郎のお辻、芝翫のおゆう、巳之助の栄紫、種之助のお紺、歌之助の角兵衛獅子、梅花のお長、寿治郎の正市、歌女之丞の紋吉、亀蔵の六三郎、孝太郎の文字辰。鴈治郎はおゆうを、芝翫はお辻を演じた事があるが、この配役は初めて。殊にお辻は先代芝翫が当り役としていたもの。中村屋の親類である芝翫にとっても思い入れのある狂言であろう。五年前に掛かった時は芝翫・勘九郎の組み合わせで結構な出来であったが、今回もまた見事なものだった。

 

筆者は予てから、当代の役者の中では東の芝翫・西の鴈治郎と考えている。今最も芸が円熟し、脂ののっているのがこの二人であると思う。上方和事に本領を発揮する鴈治郎と、時代物にその真価がある芝翫。芸風は全く異なるが、それぞれ本当に見応えのある芝居を見せてくれる。共演は多くない二人だが、久々にがっぷり組み合った狂言の上演となった。本当は古典での共演が観たいところではあったが、贅沢は云うまい。結城から呉服の行商に江戸に出て来たしまり屋のお辻と大らかなおゆうと云う、演じる二人の芸風同様これまた対照的な組み合わせの二人をめぐる物語だ。

 

お賽銭すらケチるお辻が役者の栄紫に一目惚れし、初めて芝居を観た謂わば一見客である自分に会ってくれた上に優しい言葉をかけてくれた事に感激する。そしてその栄紫と愛し合うお紺を一緒にする為に、売上金の全てを投げ出してしまう。御礼に差し上げる何物もないがせめてと栄紫が自分の片袖をお辻に渡し、花道を入る。それを見送ったお辻が「これがあたしの江戸みやげだ」と呟いて幕となると云うのが大筋だが、都会慣れしない田舎者のお辻を、鴈治郎が実に見事に演じている。

 

おゆう演じる芝翫とのイキもぴったりで、対照的な性格である二人の人物像がくっきりと演じ分けされており、見事と云うしかない。お互いそれぞれ相手の役を演じた経験があるのも大きいのだろう、二人の人物像が実に微笑ましい。最初はおゆうが金は遣う為に稼ぐのだと云うスタンスなのだが、最後は逆転しておゆうが驚く程の気風の良さで、初めて会った栄紫の為に大金を差し出してしまうお辻。「見返りがその片袖かい」としんみり声をかけるおゆうに、「これがあたしの江戸みやげだ」と返す涙交じりの鴈治郎お辻の科白がしみじみと心に残る。力量の拮抗した二人の芝居が見事な上に、巳之助や種之助といった初役の若手も健闘しており、孝太郎・梅花のベテランも結構な芝居で脇をしっかり固めて、各役手揃いの素晴らしい狂言であったと思う。

 

続いては『鳶奴』。初演こそ七世團十郎が踊った長唄舞踊だが、近年では若手の手ほどき的な舞踊と云う印象がある。実際筆者が前回観た時踊ったのは新之助であった。それを今回は花形きっての舞踊の名手松緑が本公演では初めて踊る。しかし当然かもしれないが、これがまた実に結構な舞踊であったのだ。きっちりした所作はこの優の持ち味だが、そこに奴らしい軽みがあり、江戸の風情が漂って見事な踊り。十分程度の短い舞踊なのだが、その中に松緑の踊りの技術がしっかりと詰まっている。例えは妙だが、三代目金馬の「金明竹」や、五代目志ん生の「道灌」といった大真打が口演する前座噺を想起させる様な、素晴らしい舞踊であった。

 

休憩を挟んで『弥栄芝居賑』。通称「芝居前」と云われる興行の成功を祝う作品である。芝居小屋の木戸前の云う体裁で、座元夫婦や贔屓の旦那や茶屋の女将が揃う中、男伊達と女伊達が花道で勢揃いのつらねが眼目。配役は勘九郎の座元、七之助の女房、歌昇・萬太郎・成駒屋三兄弟の男伊達、新吾・種之助・男寅・莟玉・玉太郎の女伊達と若手花形が揃い、松嶋屋の新左衛門、孝太郎の女将吾妻、芝翫の幸吉、福助の女房お栄、扇雀の茶屋女将お浩。まぁ芝居と呼べる狂言ではなく、出演役者を勢揃いさせた贅沢な舞台だ。

 

本来男伊達と女伊達のつらねは両花道が相応しいのだが、今回は仮花道はなし。若手花形のイキのいい科白が心地よい。中村屋兄弟が座元夫婦と云う設定なので、関係者各位に頭を下げて芝居小屋を盛り上げてくれている礼を云う。最後に呉服屋の夫婦に扮した松嶋屋親子が登場すると、見物衆は大喜び。松嶋屋が亡き勘三郎との交流を語り「私の目の黒いうちに十九代目の襲名が見たい」とやって、客席からは大喝采が送られていた。本当にそろそろ新しい勘三郎の誕生を期待したいところなのだが、勘九郎は「それはまだ先の話しでございます」と返したので、見物衆からは大きな笑いと「中村屋!」と云う大向うがかかっていた。

 

打ち出しは『積恋雪関扉』。天明歌舞伎と呼ばれる常磐津舞踊の大曲である。大名題でないと中々こなせない大作舞踊劇であり、平成の時代は高麗屋と亡き播磨屋の上演回数が多く、その至芸を競い合っていたものであった。今回の配役は勘九郎の関兵衛実は黒主、七之助の小町姫/墨染実は桜の精、菊五郎の宗貞。勘九郎は十五年ぶり二度目、七之助は小町の経験はあるが、墨染は初役。菊五郎の宗貞も同じく初役である。しかし菊五郎はこれでこの狂言の三役はコンプリートの様だ。この三役を全て演じられる役者は希少であろう。勘九郎は初演の際に播磨屋の教えを受けたと云う。

 

筆者が前回この狂言を観たのは四年前の博多座で、芝翫・当時梅枝の時蔵・当時時蔵の萬壽・萬太郎の組み合わせであった。その時は芝翫も初役であった様であるが、これが実に結構な出来であった。ニンに適っているのも大きかったが、描線が太く実に古格な味わいのある見事な関兵衛であった。その点で勘九郎は関兵衛は兎も角、黒主はニンではない。そしてやはり良いのは関兵衛である。この優らしい愛嬌味があり、所作にも味わいがある。〽生野薄鈍情なしの歌詞に合わせる当て振りでも、見事な技巧を見せてくれる。この辺りは、踊り上手な勘九郎の本領発揮と云ったところ。

 

しかし黒主になると天明歌舞伎らしい古格な味わいが不足しており、芝翫の様な描線の太さにも欠けている。ぶっ返ったところも大きさがないので、スケールの小さい黒主になってしまっている印象であった。ここは技術だけでは勤まらない難しさがあるのであろう。勘九郎を観ている間、筆者はどうしても芝翫の黒主を思い出してしまっていた。七之助も良いのはやはり小町姫である。実に美しく色気もあり、観ていて惚れ惚れする程である。墨染も口説に艶があり、これも結構な出来なのだが、桜の精になるとやや現代的でこちらも天明歌舞伎らしい古風な味わいが薄い上に、薄羽かげろうの様な、この世の者とは思えない幽玄さにも欠けている。

 

菊五郎初役の宗貞には気品があり、見事な位取りで素晴らしい貴公子ぶりを見せてくれており、抜け出た様な美しさと相まって流石とも云うべき宗貞。よって全体の出来としては上の巻とも云うべき前半が圧倒的に優れている。対して下の巻は現状の中村屋兄弟にとっては手に余った印象であった。これは回数を重ねて行くしかないであろう。中村屋兄弟なら、いつの日か上下揃った素晴らしい「関の扉」を見せてくれるものと信じている。最後に少し苦言を述べる形になってしまったが、思いもよらない鶴松の休演があったものの、昼夜に亘る中村屋兄弟の大奮闘天晴れな二月大歌舞伎であった。

 

猿若祭二月大歌舞伎 夜の部 勘九郎親子の『一谷嫩軍記』、中村屋兄弟の『雨乞狐』、七之助・時蔵・隼人の『梅ごよみ』

二月歌舞伎座夜の部を観劇。ここ数年恒例となりつつある様な印象を受ける「猿若祭」。亡き勘三郎が襲名の口上で、「江戸猿若、勘三郎の名跡を十八代目として襲名させて頂きます」と述べていたが、勘三郎の名跡は元々座元の名前であったものである。その江戸歌舞伎の精神を引き継ぐ覚悟を示していた勘三郎の思いが、この「猿若祭」にこもっている様に思われる。俗に「二・八」と云うが、二階席後方に若干の空席はあったものの、九分通りの入りであった様な印象である。

 

幕開きは『一谷嫩軍記』から「陣門」「組打」。丸本の名作であるが、よく掛かるのは「熊谷陣屋」である。先月の新橋演舞場でも團十郎が演じていた。その前段となるのが今回の「陣門」「組打」で、こちらはあまり掛からない場であり、十一年ぶりの上演となる様である。配役は勘九郎の直実、勘太郎が直家と敦盛の二役、吉之丞の季重、新吾の玉織姫、そしてこの狂言独特の演出である遠見の熊谷を種太郎、遠見の敦盛を秀乃介と云う歌昇の愛息二人が勤める。吉之丞以外は初役で、勘九郎は誰に教わったのか言及はなかったが、新吾は魁春の教えを仰いだと云う。

 

勘九郎は先月の実盛に引き続き、二ヶ月連続で丸本の大役に挑んでいる。実に喜ばしい事だ。先月の実盛は実に結構な出来であったが、これはニンである捌き役であったと云う事も預かって大きかった。しかし今回の熊谷は勘九郎のニンではない。これは丸本を演じる上で高いハードルであると思うのだが、しかしこれがまた立派な出来であったのだ。この役を得意としていた播磨屋や高麗屋の様なたっぷりとした義太夫味はない。しかしこの役に必要な描線の太さはしっかりと出せているのだ。

 

そして敦盛の身替りとなる直家を愛息の勘太郎が勤めていたのも大きかったのかもしれないが、平山武者所に監視されている中で我が子を身替りにしてその馘を刎ねると云う、実に際どい芝居に於ける武士らしい気骨と嘆きの深さがきっちりと表現されている。これはニンを超えた勘九郎の実力を見せつける見事な芝居であり、丸本らしい品格にも欠ける事のない、立派な熊谷であったと思う。ただ直家と敦盛の二役を勤めた勘太郎が、位取りの見事さは流石中村屋の惣領と思わせるものであったものの、声変わりが始まっている様で、科白がカスレ気味で聴き取り辛く、少し痛々しかった。

 

平山武者所を勤めた吉之丞は立派な科白廻しではあったが、若干手強さに欠けている印象。新吾の玉織姫は気品もあり、敦盛を想い乍ら死んでいく哀切をきっちり描いてまずは文句のない出来。歌昇の愛息種太郎と秀乃介は実に愛らしく、見物衆も沸いていた。総じて勘九郎の奮闘ぶりが素晴らしく初役とは思えない出来で、久々に観た場であったが、満足出来る立派な舞台であったと思う。今の花形世代でこの場の熊谷を演じた役者はいない様なので、ぜひ松緑あたりにも挑んで貰いたい役どころである。今後の挑戦に期待したい。

 

中幕は舞踊『雨乞狐』。亡き勘三郎に当て書された新作舞踊で、中村屋以外の役者で踊った人はいない中村屋家の芸である。本来は鶴松が舞鶴の襲名狂言として踊るはずであったものが、先月の自身の不祥事により襲名自体が延期となり、中村屋兄弟が代役で踊る事になった。本来代役と云うものは本役の役者より格下の役者が勤めるのが慣習なのだが、今回は中村屋兄弟以外に踊れる役者がいないので、兄とも師とも云うべき勘九郎・七之助が踊る事となった。この事態を鶴松にはしっかり受け止めて、より立派な役者になる様に精進して行って貰いたいと思う。しかしかつてこの舞踊は勘太郎時代の勘九郎が怪我で休演して勘三郎と七之助が代演した事があったらしく、どうも代役に縁のある出し物となってしまった様だ(苦笑)。

 

本来は鶴松が一人で五役を踊り分けるはずであったが、今回は勘九郎が座頭・道風・野狐、七之助が野狐・雨乞巫女・狐の嫁と三役ずつを踊る事となった。勘九郎の三役は何れもニンであり、とりわけ野狐はその圧倒的な身体能力を生かした見事な踊り。七之助は当然の事乍ら雨乞巫女が素晴らしく、弟分の穴を立派に埋めて余りあるものであった。不測の事態があったものの、中村屋の責任興行である「猿若祭」を絶対に成功させて見せると云う、気概に溢れる変化舞踊であった。

 

打ち出しは『梅ごよみ』。江戸時代の戯作者為永春水の作品を原作とした狂言で、昭和二年に六代目梅幸・七代目宗十郎・十五代目羽左衛門で演じられた際の演出が決定版となり、現在に引き継がれている芝居である。今回の配役は七之助の仇吉、時蔵の米八、隼人の丹次郎、橋之助の半次郎、莟玉のお蝶、松之助の由次郎、橘三郎の松兵衛、吉弥の政次、亀鶴の左文太、松江の近常又五郎の藤兵衛。亀鶴以外は全員初役の様であるが、筋書で言及がないのでそれぞれ誰に教わったのかは不明である。

 

今回の上演は九年ぶりだが、平成時代は大和屋・勘三郎・松嶋屋のコンビが殆ど独占的に演じてきた狂言である。しかし筆者的には前回上演された際の当時菊之助の菊五郎・勘九郎・当時染五郎の幸四郎と云う組み合わせが、実に印象深いものであった。それぞれニンであり、勘九郎の愛嬌ある伊達な味の米八、仇な艶がある菊之助、そして優柔不断だが、色気のある染五郎の芝居が本当に見事であった。勘九郎米八の「悔しぃねぇ」や、菊之助仇吉の「いい男だねぇ」などの科白廻しは、今でも筆者の耳朶に残っている。今回の三役で先の三人に最も迫っていたのは七之助であろう。美しさは菊之助時代の八代目と遜色のないものであるし、好きな男の為にひと肌脱ごうとする深川芸者の気風の良さを見せてくれていた。しかし九年前の八代目の艶っぽさには及ばなかった様に思う。

 

時蔵の米八もニンではない役どころ乍ら、見事な芝居を見せてくれている。しかし勘九郎のあの愛嬌味には欠けている。勘九郎の米八の芝居は本当に面白く、見物衆にも大受けであったが、今回はあの時程の盛り上がりは見られなかった。これは芝居の上手い下手と云うよりも、芸風の違いであろう。そしてこの狂言には、勘九郎の方が適していると云える思う。隼人の丹次郎も実に美しい二枚目ぶりである。しかし当時染五郎の幸四郎にあった愛嬌と色気には及ばないと云うのが筆者の正直な感想である。先月の「油地獄」もそうであったが、隼人は実に美しい二枚目役者ではあるものの、その外貌に比して色気にはやや欠けるところがある様に思う。この辺りは幸四郎の芝居を見て学んで行って欲しい。

 

弱冠苦言を呈する形にはなったが、それは九年前の芝居が余りに素晴らしかったからだ。今回の三人も実に魅力的な芝居であったし、又五郎や亀鶴、吉弥と云った手練れが脇をしっかり固めており、何ら恥ずるところのない出来ではあったと思う。それ程前回の上演が無類のものであった云う事である。やはり狂言としては実に魅力的である芝居なので、そんなに間を置かず、上演して貰いたいものだ。今月は先月と違って歌舞伎座でしか芝居の上演がない。残る昼の部の感想は観劇後、また別項にて綴りたい。

猿若祭二月大歌舞伎(写真)

二月歌舞伎座猿若祭に行って来ました。ポスターです。

 

昼の部絵看板です。

 

同じく夜の部。

 

昼夜四狂言のポスター四枚綴りです。

 

二月の歌舞伎座に行って来ました。寒いですが、二月としてはまだマシでしょうかね。熱い舞台でした。感想はまた別項にて綴りたいと思います。

 

国立劇場 令和八年初年初春歌舞伎公演 菊五郎・時蔵の『加賀見山旧錦絵』

劇団恒例の国立劇場新春公演を観劇。月が替わってしまったが、その感想を綴りたい。国立劇場が閉鎖されているので、初台にある新国立劇場での上演。中々進行しない国立劇場の建て替えの間、色々な場所で言葉は悪いがドサ回りをさせられている感があるが、やはり映画「国宝」の影響か、一階席後方に若干空席はあったものの、二階席はほぼ満席状態。今まで観た初台での公演の中では、一番の入りであった様に思われる。今月は四つの小屋で芝居がかかっているので、本当に沢山の方々が歌舞伎をご覧になられた事と思う。誠に喜ばしい。

 

出し物は『鏡山旧錦絵』。国立劇場は通し狂言と新作の上演を建て前としているので、狂言はこの一つのみ。丸本の名作狂言だがあまりかかる機会は多くなく、今回は十七年ぶりの上演だと云う。配役は八代目のお初、彌十郎が岩藤と時政、時蔵が尾上と重忠のそれぞれ二役、彦三郎の達平、萬太郎の求女、玉太郎の大姫、橘太郎が桐島と主税の二役、権十郎の弾正、萬次郎の左枝、魁春の政子、楽善の広元、七代目の頼朝。八代目・萬次郎・彦三郎以外は皆初役の様である。まぁ十七ぶりの上演なので、それも当然であろう。

 

この狂言は前段が『加賀見山旧錦絵』で、後段が『加賀見山再岩藤』となる。今回は前段で、後段は三月の歌舞伎座で通し上演されるらしい。そちらも時蔵の二代目尾上を始め劇団の役者が多く揃う様で、今から楽しみである。今回の尾上と三月の尾上は同じ名だが、三月の方は今回のお初が継いだ二代目となる。要するに今月八代目が演じたお初の後日譚を時蔵が替わって演じると云う形になる。恐らくそちらも通しとしては久しぶりの上演であろう。

 

この芝居は「女忠臣蔵」と云われる事もあり、局岩藤に恥辱を受けた事を恥じて自害した中老尾上の仇を、召使のお初が見事に取ると云うのが大筋である。通し狂言と銘打たれてはいるが、序幕の「花見」はカットで「竹刀打」からの上演となっている。ここで竹刀試合を岩藤から申し込まれた尾上に代わり、お初が試合に臨んで奥女中の桐島や岩藤を打ち据える。これを恨みに思った岩藤は尾上を罠に嵌めて、草履打ちの折檻にあう。それを恥辱と感じた尾上が自害してしまうので、お初は自分の責任と感じ、岩藤を奥庭に呼び出して仇を討つ。八代目演じるお初は、一途に主人尾上を思っているのがしっかりと描かれている。この役の勘所をしっかり掴んでいる芝居だ。

 

立役の丸本では時に線の細さを感じさせる時がある八代目だが、女形での丸本は素晴らしい。義太夫味もしっかりあり、艶もあり乍ら兼ねる役者らしい力強さもある。このお初は女武道的な強さが必要な役なので、八代目の芸風にぴたりと嵌まっている。「長局尾上部屋の場」に於ける時蔵尾上との二人芝居は本当に素晴らしい。自害を覚悟している尾上は、用を云いつけてお初を外出させようとする。しかし主人の様子に只ならぬものを感じたお初は一旦断るも、それならば暇を出すと云われ、心を残し乍らも出掛ける事になる。ここの時蔵尾上の芝居には、悲壮な覚悟を滲ませ乍らもお初への愛情もしっかりと感じさせる。相対する八代目お初との、お互いを思う心が交差する芝居は、見事としか云い様がない。

 

狂言としては、上手に岩藤方の女中下手に尾上方の女中が居流れる中で、角々の極まりを美しく決め乍らの彌十郎岩藤による時蔵尾上への「草履打」がクライマックスであろう。丸本らしい様式美溢れる場である。しかし筆者的には、葵太夫の見事な竹本に乗った義太夫味溢れる上記の女形二人芝居の場が、最も印象に残るものであった。経験のある八代目の素晴らしさは云う迄もない事であるが、源家の中老としての格があり、とても初役とは思えない時蔵尾上もまた、見事であったと記しておきたい。

 

しかし片はずしの大役岩藤を演じた彌十郎はニンではない事もあり、今一つと云う印象。確かにこの岩藤は立役が演じる役どころではあるのだが、「源氏店」の蝙蝠の安や、「新三」の大家など、アクの強さの中にも愛嬌のある役柄を得意としている彌十郎なので、この役に必要とされない愛嬌味が漂ってしまう。義太夫味も希薄であり、芝居の上手さはあるものの、源家の局らしい品にやや欠ける部分もあって、厳しい云い方だがミスキャストの感があった。やはり岩藤は今回の座組では、七代目が最も相応しい役どころであったと思う。最後は原作にない「右大将頼朝花見の場」で、出演役者が勢揃いで幕となった。彌十郎に時政を演じさせて大河ドラマを想起させる辺りは、面白い配役。八代目が「忙しいの。ご苦労」と岩藤と二役演じた彌十郎を労うところは見物衆にも大受け。橘太郎が科白で「働いて、働いて、働いて参ります」と云う新春劇団公演お約束の流行語を取り入れるなど、硬軟取り混ぜて楽しませてくれた、国立劇場の初芝居であった。

 

今月は二月の歌舞伎座の恒例となりつつある「猿若祭」。鶴松の休演は残念であるが、中村屋兄弟の大奮闘公演を楽しみにしている。

国立劇場 令和八年初年初春歌舞伎公演(写真)

国立劇場の新春公演に行って来ました。ポスターです。

 

八代目お初のパネルがありました。

 

こちらは時蔵の尾上パネル。

 

好きなオペラなので、こちらも観たいですがね~♪

 

国立劇場新春公演を観に初台に行って来ました。早く再建された国立劇場で芝居が観たいものです。感想はまた改めて綴ります。

 

新橋演舞場 初春大歌舞伎 昼の部 Aプロ 右團次・九團次の『操り三番叟』 、福之助・廣松『鳴神』、團十郎・雀右衛門の「熊谷陣屋」、團十郎の『仕初口上』

新橋演舞場團十郎公演を観劇。毎年團十郎新橋演舞場で新春公演を行っているが、古典を團十郎アレンジで行う事が多く、今一つ筆者の食指は伸びなかった。歌舞伎界最高の集客力を持つ團十郎。恐らく松竹の方針としても歌舞伎を分かり易く翻訳して上演し、團十郎目当てに来たお客を、歌舞伎座に繋げたいと考えていたのであろう。そう云う公演なら、毎月歌舞伎を観ている筆者の様な人間は、行く必要はなかろうと考えていた。しかし團十郎曰く映画「国宝」のヒットで潮目が変わった。今は古典を観て頂くフェーズになったのではないかと考えた様である。それならばと、久々に新橋新春公演の観劇に赴いたと云う次第である。

 

幕開きは『操り三番叟』。新春に五穀豊穣を祈る三番叟は打ってつけである。この狂言は『寿式三番叟』のバリエーションの一つ。役者が操り人形に扮し、後見とイキの合った舞踊を見せる趣向の狂言である。配役は右團次の三番叟、九團次の後見。右團次は初演時に師匠である二代目猿翁の教えを受けたと云う。九團次はまだ坂東薪車を名乗っていた時代に、当時翫雀鴈治郎や猿弥の相手を勤めた事がある様だ。二人共ここ十年以上演じていないとの事。

 

当代『操り三番叟』と云えば、幸四郎である。河内屋三代目實川延若に憧れたと云う幸四郎の操り三番叟は、その圧倒的な身体能力を生かして、バネが付いているかの様な動きを見せる。そしてより人形そのものになり切っている印象を与える。しかし右團次は違う。年齢的にも還暦をとうに過ぎている右團次は、幸四郎の様なアクロバティックな所作はない。こちらは人間が操り三番叟に扮していると云う形を取っていると感じさせる。そう幸四郎より人間味溢れる所作なのだ。扮装も黒地の衣装ではなく納戸色で華やかであり、役者が扮している事を強く印象付けるものだ。どちらが良いと云う話しではなく、これは持ち味の違いであろう。

 

この狂言に於ける幸四郎にも滑稽味と愛嬌味はある。しかし右團次のそれはより人間的な温もりを感じさせる。これはこれで一つの立派な往き方であると思う。そして何より還暦を過ぎた年齢で、この短い乍ら体力の必要な狂言に挑戦する右團次の役者魂もまた、素晴らしい事だと思う。後見を勤める九團次も糸がこんがらがった時に見せる「やれやれ」と云った感じの表情にそこはかとない愛嬌が滲み、こちらも結構な出来。ベテラン役者二人の組み合わせによる『操り三番叟』。新春公演の幕開きを飾るに相応しいものであったと思う。

 

続いては『鳴神』。ご存じ歌舞伎十八番の一つで、『雷神不動北山櫻』の四幕目にあたり、現在でも『勧進帳』、『暫』に続く人気狂言である。筆者が観劇したAプロの配役は、福之助の鳴神上人、廣松の雲の絶間姫。二人共初役であり、福之助は父芝翫の、廣松は叔父雀右衛門の教えを受けたと云う。芝翫は初演時に先代團十郎の教えを受けており、Bプロの鷹之資は先代の教えを受けた当代團十郎に教わったと云うから、二人とも出どころは一緒と云う事になる。

 

この狂言で何と云っても素晴らしかったのは、雲の絶間姫を演じた廣松である。筆者が今まで観たこの優の芝居では、一番の大役であり、最後鳴神上人が怒りからぶっ返る迄は、殆どこの狂言の主役と云ってよい役どころである。これが何とも云えず結構な出来であったのだ。教えを受けた雀右衛門の口跡を思わせる部分も多かったが、叔父さんからしっかり指導されたのであろう、たっぷりとしてとても若手花形が初役で演じたとは思えない所作に古格な味わいのある絶間姫であった。

 

クドキの艶っぽさも申し分なく、白雲坊・黒雲坊とのやり取りも抜群のイキであった。以前は児太郎が当代成田屋の立女形と云った位置にいた印象であったが、児太郎にトラブルがあった以降は、この廣松がそのポジションにいる様に思われる。これからはどしどし大役に挑んで行って欲しいと思う。当代雀右衛門に跡継ぎがいない現状では、恐らくこの優が六代目の雀右衛門になるのであろうから。福之助の鳴神上人は、父芝翫を思わせる堂々とした科白廻しで健闘してはいたが、やはり荒事らしい線の太さには欠けている。ただ若々しい上人であったので、雲の絶間姫の色気にあっさりしてやられる青さをしっかり出せていた点は良かったと思う。

 

続いてはお目当て『一谷嫩軍記』より「熊谷陣屋」。云わずと知れた丸本の中でも傑作中の傑作狂言である。昨年の初春公演でも歌舞伎座松緑が演じていたが、正月から我が子を犠牲にする狂言と云うのも如何かと云う思いも多少は残るものの、筆者の大好きな狂言なので、團十郎が挑む熊谷を楽しみに観劇した。配役はその團十郎の直実、虎之介の義経、鷹之資の軍次、市蔵の景高、男女蔵の弥陀六、扇雀の藤の方、雀右衛門の相模。中では男女蔵・虎之介・鷹之資が初役との事。

 

團十郎の熊谷は、十年ぶり二度目。初演時には既に父先代團十郎は亡くなっていた事もあり、親戚である亡き播磨屋に教えを乞うたと云う。その時に播磨屋から「これは九代目團十郎から養父初代吉右衛門に伝わり私へ受け継がれて来たのを、君へ返すのだよ」と云われたと語っていた。これは非常に感慨深い話しである。当代團十郎の祖父十一代目が死の床に臥せっている時に三代目権十郎を枕元に呼び、「私の芸は全部お前のお父っつあん(二代目権十郎)から授かったものだ。それをお前に返すのだよ。そしてこれをお前から倅(十二代目團十郎)にうつしてやってくれ」と遺言したと云う。三代目権十郎はその言葉に従い、死ぬまで十二代目の後見人の様な立場を貫いた。この様に歌舞伎芸は次世代に受け継がれて行くものだと云う、典型的な挿話であると思う。

 

続けて古い話しで恐縮であるが、亡き先代又五郎が生前、「歌舞伎の狂言が伝統的なんじゃない。役者の芸が伝統的なんだ」と語っていた。これは正に至言であり、歌舞伎とは本質的に役者芸を観る芸能である。歌舞伎十八番が正にその典型であり、『勧進帳』など一部の芝居を除けば、役者芸を見せる作りの狂言が多い。よってそれ程肚の必要な芝居は多くない。そしてこの歌舞伎十八番に最も力を傾注しているのが、当代團十郎である。その華やかで力感溢れる芸風は、歌舞伎十八番にぴたりと嵌まる。しかし数多い歌舞伎の役の中には、それだけではしおおせられない役柄がある。その一つがこの熊谷であり、他にも「忠臣蔵」の由良之助などもそうであろう。

 

そして今の花形役者の中で、これら諸役の経験値が圧倒的に不足しているのが團十郎なのだ。一例を挙げると(色々な事情があるとは思うが)、昨年実施された三代名作の通し上演に、團十郎の出演は一度もなかった。松緑がその全てに出ていた事と比べると、その違いは鮮明である。そしてこの通し上演を通じて、松緑は立派な成果を挙げていた。予てから筆者はこの点を、團十郎の為に残念に思っていたところに今回の熊谷である。上記の事情があるので、筆者は非常に楽しみにしていた。そしてその出来栄えは、團十郎が新境地開く礎になるものであると感じられるものであった。

 

この熊谷には、團十郎歌舞伎十八番を演じる際にしばしば感じられた役を上から見る視線がない。この大役に挑むと云う姿勢が強く感じられるのだ。作法としては播磨屋マナーを完全に踏襲しており、変な入れ事をしていないのも良い。義経の思いを察し、自らの子を犠牲にして院のお胤である敦盛を救う熊谷の心情を、丸本の枠内にきっちりおさめて表現している。これが肚と云うものであり、今まで数多く演じて来た歌舞伎十八番とは違うところなのだ。花道の出には重厚感があり、舞台に廻っての"戦物語"で軍扇を掲げたところの立派さは、流石團十郎と云った感がある。馘実検の場での、藤の方と相模を押さえる「お騒ぎあるな、騒ぐな」も、ここで女性二人に騒がれては全てが水泡に帰してしまうと云う緊迫した思いが横溢しており、見事なものである。

 

形が立派であるのは勿論大事ではあるのだが、これら全ての芝居を通じて、節度と品位を保った丸本の所作の中に、役をしっかり落とし込んだ肚を感じられるところが、今回の團十郎熊谷の素晴らしさである。そしてそれを支える雀右衛門の相模も実に見事で、我が子の馘を抱きかかえる所作に、母としての満腔の思いが満ち溢れており、ここだけでも涙ものの芝居である。父先代京屋を彷彿とさせる古風な丸本女形の味わいがあり、当代これ程の相模はちょっと他に考えられないであろう。「十六年は一昔」からの花道の引っ込みも、大袈裟に泣き上げる事をせず、しかし子を殺した父熊谷の無常感がしみじみと伝わって来る、義太夫狂言の品格を守った見事な芝居。この優独特の科白廻しの癖が丸本の感興を削ぐ部分は確かにあるし、播磨屋高麗屋に比べれば義太夫味もまだ希薄ではある。しかしそれを補う肚のある芝居が実に見事な團十郎十年ぶりの熊谷であったと、筆者は評価したい。

 

打ち出しは『仕初口上』。成田屋所縁の役者のみに許された「にらみ」である。これを筆者が観るのは南座に於ける團十郎襲名公演以来である。江戸の昔より、團十郎に睨んで貰えれば、一年間無病息災と伝わっている。これで筆者も今年は健康でいられる事であろう(笑)。如何にも成田屋らしい初芝居を、満喫させて貰えた新橋演舞場昼の部であった。

 

 

新橋演舞場 初春大歌舞伎(写真)

新橋演舞場團十郎公演に行って来ました。昼の部ポスターです。

 

同じく夜の部。

 

ビルの壁面にこんな宣伝ポスターも。

 

出演している若手花形のパネルです。

 

満員御礼の立看板が出ていました。

 

新橋演舞場の新春公演に久々に行って来ました。流石成田屋と云う盛況でした。感想はまた改めて綴ります。