fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

国立劇場 六月歌舞伎鑑賞教室 松緑の『文七元結』

2年振りの国立劇場歌舞伎鑑賞教室を観劇。去年は公演がなく、残念だった。事前の噂では、学生の団体がコロナの状況を考えてキャンセルしたなどと云う話しも聞き心配していたが、そこそこの入りだったのは一安心。会社勤めの人でも足を運びやすい時間帯の公演。沢山の人に観て貰いたいものだ。

 

幕開きは種之助による「歌舞伎のみかた」。舞台中央から鼠を踏まえて荒五郎の荒獅子男之助がせり上がってくる。鼠がスッポンに入って入れ替わり登場した種之助が、初心者にも判り易く、せりの構造や下座音楽の説明をしていく。芝居の前にこう云う前振りが付くのが鑑賞教室の特徴。出し物の「文七」といい、初心者には入りやすい狂言立てだろうと思う。

 

そしてお目当て『文七元結』。松緑の長兵衛、扇雀のお兼、坂東亀蔵の文七、新悟のお久、魁春のお駒、團蔵の清兵衛と云う配役。扇雀のお兼は何度も勤めている当たり役だが、松緑亀蔵は初役。いつも藤助を勤める團蔵が今回は清兵衛にまわっていてどんなものかと思っていたが、全体的に実にいい出来の芝居だった。

 

この『文七元結』は元々落語ネタ。落語では大ネタ中の大ネタとされ、大真打でないと中々やりおおせる噺ではない。筆者的には、当代でこの噺をしっかり出来る噺家は一人もいないと云うのが本当のところだ。定評があるのは全て故人だが圓生、彦六、そして志ん朝だろう。この三人の名人の中で、とりわけ独特なのは彦六だ。圓生志ん朝は文七に金を与える時に、かなり逡巡と云うか思い悩む。悩んだ末に五十両を文七に投げ与える。しかし彦六は実にあっさりと五十両を投げ出してしまう。宵越しの銭は持たないと云う江戸っ子気質が、その背景にあるのだ。

 

今回の「文七」は、行き方としては彦六のそれに近い。種之助が「歌舞伎のみかた」で説明していたが、当時の五十両を現代に換算すると五百万円にもなると云う。それをサラリと投げ出してしまう彦六のやり方は余りにあっさりしているので、噺としてはいいがそれをそのまま芝居にしたら水っぽくなるし、現代の観客には通じないだろう。筆者が今回彦六的と云うのは、その精神と云うか、心の在り方において、江戸っ子気質を基調にしている彦六のそれに近いと云う意味だ。

 

松緑の長兵衛は、終始典型的な江戸っ子職人として描かれており、娘を身売りした金を見ず知らずの文七に投げ与える、その動機付けが実に明瞭である。五十両の金を盗まれたと思い込み、どうしても身投げをすると言い張る文七を前にして、「えれぇところに通り掛かっちまったなぁ」とぼやきながらも、「人の命は金じゃ買えねぇや」と懐から五十両を出す。松緑はここをサラリと江戸前にしかも違和感なく演じており、初役とは思えない見事な芝居。変に粘ったりしないので科白廻しのテンポが実に良く、いかにも宵越しの銭は持たないさっばりとした江戸っ子気質がはっきりと表現されている。

 

そしてこの芝居に厚みをもたせているのが、その前段の「吉原角海老内証の場」における娘お久とのやり取りだ。夫婦別れをしなければならないところ迄追い詰められた父と母を助ける為、お久は角海老に自らの身売りを決心する。それを知った長兵衛は娘を前に「こんな者でも親だと思えばこそ、そう云ってくれる。俺はお前のこと子とは思わねぇよ、オイこの通りだ」と手を合わせる。それを受けてお久が「お父つぁんもったいない。そんなことしたら、私に罰が当たるよ」と泣く。ここの親娘の芝居が情味に溢れ実に素晴らしい。この芝居があったればこそ、結果文七に金を投げ出す事になる長兵衛の行動に、千金の重みを与える事になっているのだ。

 

結局金は掛け取り先に忘れただけで紛失してはおらず、お久は身請けされて文七と夫婦になり、めでたしめでたしとなる。しんみりさせておいて最後は明るく〆る、人情噺の王道とも云うべき狂言松緑も云っているが、悪人が一人も出てこない気持ちのいい芝居。女房役の扇雀も、松緑とのやり取りで絶妙なイキを見せてくれており、娘を思う余り亭主を怒鳴りつける、こちらも実に江戸っ子女房らしいいいお兼。新悟のお久は十八年ぶりとの事だが、長身を上手く殺して、いじらしいくらい親思いの娘役を好演。亀蔵の文七も主人への一途な思い溢れるいい文七。ただ清兵衛役の團蔵が科白の通りが今一つで、元気がない印象。身体が悪い訳ではないといいのだが。

 

松緑の長兵衛は、本家音羽屋と比べると所作や科白廻しが全体的に現代調で、世話の味は薄い。しかしその精神において、見事に祖父先々代松緑から当代菊五郎に受け継がれて来た音羽屋型の長兵衛を引き継いでいる。初役でここまで出来れば上々だろう。これから練り上げていけば、いずれ音羽屋の様な見事な世話狂言に仕上げてくれるだろうと思う。遠くない将来、歌舞伎座での再演を期待したい。

 

今月はこの後歌舞伎座の二部・三部。その感想は観劇後、また別項にて。

 

 

 

 

国立劇場 六月歌舞伎鑑賞教室(写真)

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国立劇場の歌舞伎鑑賞教室に行って来ました。ポスターです。

 

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来月のポスター。チケット押さえました。楽しみです。

 

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舞台で使用する梅のセットが展示されていました。

 

劇団の十八番『文七元結』。実に結構でした。感想はまた改めて綴ります。

 

六月大歌舞伎 第一部 芝翫・鴈治郎の『御摂勧進帳』、音羽屋・左團次の『夕顔棚』

歌舞伎座第一部を観劇。先月の「六段目」程ではないが、入りはお寒い限りだった。緊急事態宣言下である事の影響が大きいのだろうが、第二部はチケット完売と聞く。まぁ玉孝の「東文章」は別格だろうが、こう云う地味な狂言立てこそ芝居好きには見物だと個人的には思うのだが。

 

幕開きは『御摂勧進帳』。芝翫の弁慶、鴈治郎の富樫、雀右衛門義経歌昇・男寅・歌之助・桂三の四天王、亀鶴の祐家、松江の鈍藤太と云う配役。歌舞伎十八番の『勧進帳』とは違い、荒事と滑稽味の強い狂言。グロテスクな事を明るく堂々とやってみせ、そのグロさを感じさせない好きな狂言なのだが、今はあまり受けが良くないのだろうか。

 

芝翫の弁慶はその堂々たる体格を生かした見事な荒事で、実に豪快な弁慶を構築している。細かなテクニックと云うより肚で行くと云った感じで、正に荒事の王道とも云うべきものだ。しかしこの役に必要な稚気愛すべき愛嬌が出てこない。二年程前に松緑で同じ狂言を観たが、松緑はその点実に見事だった。この弁慶は『勧進帳』とは違い、縛られるとエンエン泣いてしまう(ウソ泣きだが)様な英雄然とはしていない弁慶だ。この時の松緑は、荒事の豪快さと稚気愛すべきところを両立させていて、まず申し分のないものだった。

 

芝翫の弁慶は、余りに立派過ぎ貫禄があり過ぎるのかもしれない。近年の芝翫は座頭役者としての格を備え始めており、芸境の深化は著しいものがあるが、この役に限っては以前橋之助時代に勤めた時の方が良かった様な印象。役者としての風格が邪魔をする事もある。この辺りが歌舞伎の難しいところかもしれない。

 

鴈治郎の富樫は実に立派なもの。これは別に愛嬌を売る役ではないので、規矩正しい芝居がぴたりと嵌っている。実にすっきりしていて位取りも申し分ない。最近すっかり義経づいている雀右衛門も、また見事。狂言としては楽しめなかった訳ではない事を付言しておきたい。

 

続いて『夕顔棚』。音羽屋の婆、左團次の爺、米吉の里の女、巳之助の里の男と云う配役。30分弱の掌編だが、流石にこちらは味わい深い芝居。風呂上りの婆の浴衣がはだけて乳を出す場面など、一つ間違うとドリフになってしまうが、そこは流石音羽屋。サラリと上品に演じて品格を損なわない。

 

左團次は決して踊りの上手い優ではないが、不器用な味がこの狂言に合っている。最も印象深かったのは、里の若い者がやってきて賑やかに盆踊りを踊り乍ら去って行く。それを見送る音羽屋の婆の姿が、遠い昔の若い頃を偲ぶかの様な風情を出していて、実にいい。何気ない場面なのだが、七十年の芸歴に裏打ちされた見事な芝居だ。この味は花形役者には出せないものだろう。

 

米吉と巳之助も、大幹部二人を前にして実に程が良く、この地味な狂言を賑やかな踊りで華やかに彩っている。延寿太夫の清元もほのぼのと哀愁を感じさせる素晴らしい出来で、しみじみと心に残るいい狂言だった。古典劇ではないが、こう云う芝居もまた歌舞伎の味。もっと多くの人に見て貰いたい狂言だ。

 

今月は歌舞伎座の二部・三部と国立の「文七」を観劇予定。その感想は観劇後、また別項にて。

六月大歌舞伎(写真)

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六月大歌舞伎行って来ました。ポスターです。

 

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一部の絵看板です。

 

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同じく二部・三部。

 

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日蓮』のポスター。キラッキラです。

 

先月と違って、しっかり初日から幕が開き、何よりでした。播磨屋の容態は気になりますが・・・。感想はまた別項にて。

 

秀太郎急逝。。。

先月23日、片岡秀太郎が亡くなった。八十歳になる直前だった。先日なくなった田村正和の2歳上、現代ではまだまだ若い年齢での逝去だった。残念でならない。松嶋屋三兄弟の中では一番丈夫そうに思えていたので、本当に驚いた。

 

私が秀太郎の存在を知ったのはいつだったろう。NHK大河ドラマ獅子の時代』の松平容保役だったろうか。このドラマには橋之助時代、いやまだ幸二だったかもしれない芝翫音羽屋も出ていた。文太兄ィが実にカッコ良く、秀太郎は正直あまり印象に残っていない。

 

その後高田美和の夫であると知った。スャンダルや離婚もあったので、いい印象はもたなかったと記憶している。やがて歌舞伎を観る様になって、秀太郎が凄い役者である事を知る様になる。「盛綱陣屋」の微妙や「吉田屋」のおきさ、「先代萩」の栄御前、『国性爺合戦』の渚など、それこそ観劇した芝居は枚挙に暇がない。派手さこそないが、役の勘所を押さえた実に見事な芝居を幾つも見せてくれた。

 

まだまだその素晴らしい芝居を観れるものと思っていたので、逝去の報には力が抜けた。最後に観たのは去年二月、父十三世仁左衛門の追善公演での『道行故郷の初雪』だった。比較的老け役の多い優だったが、この時の梅川には驚かされた。齢八十に近い優とはとても思えない瑞々しさで、相方の梅玉と実に見事な道行を見せてくれた。まさかあれが最後になってしまうとは・・・

 

筆者にとって強く印象に残っているのは二年前の一月、『絵本太功記』だ。この日は昼夜通しで観劇したのだが、昼の部には出ていた東蔵が体調不良で夜の部を休演。皐月を急遽秀太郎が代演した。何せ昼には出ていた役者の代役である。事前に準備の出来ようはずもない。しかも「尼ヶ崎閑居の場」の皐月は大役である。いくら演じた事がある役とは云え・・・と思ったのだが、これが実に素晴らしかった。プロンプターも付けずにこの大役を完璧に演じ切った秀太郎の力量には、改めて瞠目させられたのを覚えている。

 

去年の山城屋に続き、昔ながらの名人が次々去って行ってしまうのは、時の流れとはいえ寂しい事この上ない。弟仁左衛門もさぞかし力を落としているだろうと推察するが、健康には充分留意して、長く松嶋屋の芸を披露し続けて欲しいと願うばかりである。

 

改めて名人秀太郎のご冥福を、心よりお祈り致します。合掌。

五月大歌舞伎 第三部 歌六・雀右衛門の『八陣守護城』、菊之助の『春興鏡獅子』

残る歌舞伎座第三部を観劇。入りは二部より良好。今月の入りとしてはあくまで筆者が見物した日に限るが、一番良かったのは一部、次いで三部だった。二部の様な名人による古典の入りが悪いのは残念。最近同様の傾向が見られる様に思う。名人芸をより多くの人に見てもらうには、花形の新作と大幹部の古典を組合わせて上演するなどの工夫が必要かもしれない。観ればきっとその良さが判ると思うのだが・・・

 

幕開きは『八陣守護城』。歌六の正清、雀右衛門の雛衣、種之介の軍次、吉之丞の玄蕃と云う配役。元々播磨屋の正清だったが、ご存じの様に病気療養中。代って播磨屋の番頭格歌六が正清を勤めた。当代では我當が当たり役にしており、昨年十三世仁左衛門の追善公演でも上演されたのは記憶に新しい。

 

播磨屋が筋書きで「こう云う芝居は理屈なしに、大まかに演技しなければならない」と語っていたが、正にその通りだろう。こう云う役は技巧よりもニンと大きさで見せるもの。その意味で当代屈指の技巧派歌六には向かない役であったと思う。背景としては二条城での家康と秀頼の会見を成功させた清正が、家康に毒酒を呑まされて殺されたと云う伝説に基づいている。昔は巷間知らぬ者なしのエピソードだったろうと思うが、今や何それと云う感じだろうと思う。

 

背景を知っていたとしても、芝居としてさして面白いものではない。それを見物が満足する狂言として見せるには、やはり座頭役者の格と大きさが必要になる。歌六は科白廻しもしっかりしていたし、毒酒を呑まされながらも間者を斬り倒すところキッパリとして芝居としては見事に腕を見せてくれている。しかしこの役が本来持っているところの大きさが出てこない。歌六の健闘は認めつつも、やはり播磨屋で観たかったと云うのが本当の所だ。

 

脇では雀右衛門が大名の姫君としての気品と、意外に(失礼)達者な琴の腕を見せてくれていて、流石と云ったところ。しかしそれとてこの狂言を面白くする迄には至っていない。当代こう云った芝居を面白く見せられるのは播磨屋高麗屋、もう少し若いところでは芝翫なら出来るかもしれない。そう、一度芝翫で観てみたい狂言だと思った。

 

打ち出しは『春興鏡獅子』。菊之助の弥生後に獅子の精、彦三郎の十太夫、米吉の吉野、萬次郎の鳥井、楽善の五左衛門、亀三郎・丑之助の胡蝶の精と云う配役。菊之助襲名でも演じた当たり役だ。大和屋のイメージもあるが、意外な事に歌舞伎座ではもう三十年以上演じていない。多分もう踊る事はないだろうと思う。近年では何と云っても亡き勘三郎が度々演じて高評価を勝ち得て来た演目。しかしその勘三郎も亡くなったとあっては、この狂言は完全に花形世代に託されたと云ってもいいだろう。

 

花形世代では幸四郎海老蔵、そして菊之助が度々演じている。勘九郎七之助猿之助も踊ってはいるが、回数は多くない。いずれまた演じる機会もあるとは思うが、当代ではまず上記三人の上演回数が抜きんでている。中でも特に筆者のお気に入りは幸四郎だ。

 

過去演じて来た名人達に必ずしも共通していないのだが、筆者的にはまず弥生の時の美しさが必須なのだ。勘三郎の踊りは見事なものだったが、弥生の間が美しくはない。これは踊りの形を指しているのではなく、単純に女形としてのビジュアルの事だ。その点幸四郎菊之助は純粋に美しい。そしてただ美しいだけなら若手花形でもいいだろうが、付け加えてこの二人には踊りの上手さがある。

 

ことに今回の菊之助の踊りは見事なもの。川崎音頭に合わせた手踊りの形の美しさ。しっかり腰が落ちていて、きっちり女形舞踊の形が出来ている。指先の柔らかな線の素晴らしさ、二枚扇を使った踊りの流れる様な所作。間然とするところがない。そして獅子頭に曳きづられて花道を入る時の儚さ迄感じさせる動きは、正に弥生そのものだ。

 

そしてクライマックス、獅子の精の毛振り。今回はことにここが良い。海老蔵の様な豪快な味は薄いが、優美でありながら非常にキレが良く、例えは妙だが実にイケメンな毛振り。海老蔵だとマッチョ感が漂うのだが、菊之助だと幸四郎のそれに近い。真女形だとここが力感の不足を感じさせる事もある。しかし菊之助はその点でも過不足なく、且つ美しい。力強く豪壮に振るのだけが毛振りではない。今回の菊之助の様に力感と美しさが同居する獅子の精は、中々観られるものではないと思う。その意味で当代では幸四郎と双璧を成す見事な「鏡獅子」だった。大向うがかけられない客席も大いに沸いていて、見物衆も大満足であったと思う。

 

脇では久しぶりに楽善の姿が観れて、一安心。立ち上がる時に彦三郎の手を借りてはいたが、矍鑠としたところを見せてくれた。萬次郎も加えてこの一家は皆本当に声が素晴らしい。胡蝶の亀三郎・丑之助も実に可憐で、しっかりお稽古してきましたと云ったところ。菊之助も昔海老蔵と共に父音羽屋相手に勤めたと云う胡蝶。こうやって歌舞伎と云う芸術は次世代へも受け継がれて行くのだろう。

 

来月は歌舞伎座に加えて久々に国立で鑑賞教室もある。緊急事態宣言は延長され、千之助がコロナに感染したと云う知らせも入ったが、無事開幕される事を願ってやまない。

五月大歌舞伎 第二部 錦之助・梅枝の「道行旅路の花婿」、音羽屋の『仮名手本忠臣蔵』より「六段目」

歌舞伎座二部を観劇。『仮名手本忠臣蔵』から「道行」と「六段目」。今月は本来なら團菊祭のはずで、久々に歌舞伎座海老蔵が観れるものと思っていた。しかし松竹からは何のアナウンスもなく、さらっと普通の大歌舞伎興行になっている。歌舞伎座建て替え中も、場所を大阪に移して迄継続していた團菊祭。何故行われなかったのか、全く意味が判らない。この調子だと九月の秀山祭も行われないのではないか。一体どうなっているのだろう。せめて松竹は説明すべきだと思うのだが。

 

海老蔵歌舞伎座登場はならなかったが、音羽屋が元気に歌舞伎座の舞台を勤めているのは、本当に喜ばしい。幕開きは「道行旅路の花婿」。「三段目」の裏門を清元で舞踊化した狂言錦之助の勘平、梅枝のおかる、萬太郎の伴内と云う配役。倅隼人が一部の「三人吉三」で奮闘中。どっこいまだまだ倅にゃあとばかり、お父っつぁんも負けじと素晴らしい舞台を見せてくれている。

 

錦之助の勘平は何と云ってもニンである。今日「道行」の勘平がこれほど嵌る役者も少ないだろう。柔らか味のある所作、その気品、非の打ちどころのない見事な勘平。この場の勘平は主人の大事に居合わさず、切腹しようとしたところをおかるに止められ、おかるの実家に落ちる道行。浮かれた道中ではない。その背景がしっかり肚に入っており、どこか憂愁の陰りがある。ふっと俯いた所作などにそれが微かに滲み出る。そこが素晴らしい。数年前の国立での通し上演の時も、この役を勤めていた錦之助。まず当代の勘平と云っていいだろう。

 

梅枝のおかるもまた見事なもの。古風な面長の瓜実顔が古典劇によく嵌る梅枝。若いながらも踊りはしっかりしている。加えて、すぐ死を思う勘平を何とか自分の実家迄連れて行かねばならないと云う、必死の思いが伝わってくるところもいい。そして何より大分格上の錦之助(私生活では叔父にあたる)相手に対等に渡り合って、芸格で引けを取らなかったは素晴らしい。

 

萬太郎の伴内はニンではない。若い乍らも踊りはしっかりしている優だから、ソツなくこなしてはいるが、他に人もあったろうとは思う。この人には、将来的に今日の錦之助の様な勘平を演じられる役者になって欲しいと思っている。いずれ兄梅枝との素晴らしい「道行」を見せて貰いたいものだ。

 

休憩を挟んで「六段目」。通常この段は前段の「五段目」と続けて上演される事が多い。しかし今回は「六段目」のみ。コロナが期せずして生んだ、変わった上演形態だ。音羽屋の勘平、時蔵のおかる、東蔵のおかや、又五郎の弥五郎、左團次の数右衛門、橘太郎の源六、魁春のお才と云う配役。まずこの段で考えられる今日最高の座組だろう。

 

「五段目」がない事について音羽屋が筋書きで「仇討に加えて貰ったと意気揚々と家に帰る気持ちを作って、出に備える」と発言していたが、正にその通り。花道の出で駕籠に乗ったおかるに行きあい、「狩人の女房がお駕籠でもあるめぇじゃねぇか」と云うその科白に、意気揚々感が表れている。そしてこの高揚感がドラマの終盤に向かって徐々に変化して行く事になるのだが、今回の音羽屋は非常に心理的で、その辺りの心情が実によく演じ分けられている。

 

最初は前述の様に得意の絶頂にいる。そして舅がまだ戻らないと知り、はてな?と思う。源六とお才を見て「あの方は?」と問うも、おかるもおかやも要領を得ない。そこでまた?と思う。金財布をおかやに見られ、慌てて取り戻す。ここが後の伏線になっている。女房の身売りを知り、舅が戻らない内はおかるは渡せないとつっぱねるも、心は徐々に重くなっていく。そして勘平はお才の言葉から、舅与市兵衛が五十両を入れて持ち帰った財布が、自分が奪った財布と同じ模様の物だと知る。その時勘平は、舅を撃ち殺してしまったと一人合点してしまう。その辺りの心情の変化、グラデーションの具合が実に見事に演じられているのだ。

 

加えて今回素晴らしかったところは、出から舞台に廻って足を洗って家に入る辺り迄の世話の呼吸から、この後訪れるであろう数右衛門と弥五郎に会う為に、おかるに紋服と大小を持って来る様にと云いつける件の、時代調の科白廻しになるそのメリハリ具合だ。時代物の大作『仮名手本忠臣蔵』の中で「六段目」は世話場に当たる。しかし単純な世話物では無論なく、所謂時代世話の場だ。それ故に、世話の呼吸で出た後に時代に張って行く必要がある。音羽屋の科白廻しは正に完璧で、している事は以前の通りだが、今回は更に一層磨きがかかっている印象。

 

やがて与市兵衛の死骸が運び込まれる。勘平の懐から先述の同じ模様の財布を奪ったおかやに、お前が殺して金を盗ったのだと責められている勘平を訪ねて、数右衛門と弥五郎がやって来る。立ち上がろうとした時に刀が鞘走り、それに自分の顔を映してほつれ髪を整える。そのさり気ない所作も完全に手の内で、年季の入った素晴らしい芸を見せてくれる。当然の事乍らする事いちいちに段取り感の様なものは全くなく、実に自然なのだ。する事が多くて大変と筋書きで語っていた音羽屋だが、これぞ名人芸と云うべきものだろう。

 

そして舅を殺したお詫びと勘平腹切りになる。刀を腹に突き立てながらの「いかなればこそ勘平は」の長科白の素晴らしさは、今更云う迄もないだろう。観ているこちらが切なくなるくらいの見事な芝居。与市兵衛の死骸を改めた弥五郎によって、傷口が鉄砲傷ではなく刀傷だと判り、勘平の舅殺しの嫌疑は晴れる。せめて冥途の土産に致せと、仇討の連判状に勘平の名を書き加え血判を押させる。ここでの勘平は最早目が見えていない。見えない目で遠くを見て、震える手で血判を押す。勘平の無念さと仇討に加われたと云う喜びとが交差して、正に息を呑む様な場だ。原作の良さと音羽屋の名人芸が一つになって、現代歌舞伎のカタルシスもここに極まれりとも云うべき幕切れとなった。

 

脇も全て手揃い。音羽屋糟糠の妻時蔵のおかる、東蔵のおかや、魁春のお才は完全に自家薬籠中の物。この三人を一つの狂言で使っているのだから贅沢この上ない。中でお才はこれと云って為所のない役だ。しかし勘平や源六のやり取りを脇で煙草を吸いながら聞いているだけの科白のない場でも、ついその所作に目が行ってしまう素晴らしさ。何でもない様でいて、練り上げた芸がなければこうは行かない。脇が良いと芝居が締まると云う典型例だ。左團次又五郎共申し分ないものだったが、気になったのは又五郎。以前に比べて大分痩せている。身体を絞ったのなら良いのだが、本当に別人と云ってもいいくらいの痩せ方なので、心配になる。体調には気を付けて貰いたいものだ。

 

上記の通り素晴らしい「道行」と「六段目」だったが、入りは寂しい限りだった。その分芝居の発するエネルギーを多く吸収する事が出来たのかもしれないけれど。「忠臣蔵」は芝居の独参湯と云われたのは、今や昔と云う事なのだろうか。二月の「十種香」もそうだったが、入りの悪い芝居が実に良かったりする。見物の多寡に関わらず、しっかり芝居をしてくれる役者魂には感謝しかない。残る歌舞伎座第三部は、また別項にて綴る事にする。