fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

七月大歌舞伎 夜の部 高麗屋三代揃い踏みの『裏表太閤記』(前半)

歌舞伎座夜の部を観劇。入りは昼とほぼ同じくらいであったろうか、盛況であった。前にも記した通り、昼は團十郎、夜は幸四郎の責任興行。芸風は全く異なる優だが、花形世代のトップに立つと云うより、令和の歌舞伎界を牽引していく立場にある二人。十月の大阪松竹座で行われる團十郎襲名興行の掉尾を飾る公演では、共演もする予定の様だ。お金と時間があれば、そちらもぜひ観てみたいと思っている。

 

夜も通し狂言なので、演目は『裏表太閤記』のみ。四十三年前に亡き猿翁が初演し、それ以来上演が途絶えていた狂言の様だ。無論筆者は初めて観る狂言。初演は明治座であった様なので、歌舞伎座でかかるのは初めてだ。初演時は丸一日かけての上演で、七時間以上にも及ぶ大作であったらしい。それを今回テンポアップさせ、幾つかの場面をカットして三時間十分程にまとめあげての上演。配役は幸四郎が秀吉・重成・孫悟空の三役、松也が光秀・利家、染五郎が孫市・秀家、巳之助が信忠・清正、右近がお通・輝元、中車が弾正・家康、青虎が但馬・猪八戒、猿弥が軍平・天帝の二役、笑也が関の谷、笑三郎の浅路、彦三郎の信長、九團次の沙悟浄、門之助の大后、高麗蔵の淀君雀右衛門北政所白鸚の大綿津見神。加えてもう歌舞伎界の宝と云っていいだろう、寿猿が出井寿太郎でまだまだ元気なところを見せてくれていたのが、嬉しい。

 

序幕「信貴山弾正館の場」。史実では上杉謙信上洛の噂を聞いた松永弾正が信長を見限って叛旗を翻すも、信貴山城を信長勢に責められて自害する。この狂言では、信貴山を信長に攻められるのはその通りだが、何と明智光秀が弾正の息子と云う設定になっており、信長からの降伏勧告の使者を斬った後、光秀に信長への復讐を頼むと伝えよと家臣の但馬に申し渡して自害する。弾正演じる中車は本当に歌舞伎らしくなってきた。呂の声を使った科白廻しと、描線の太い芝居は立派な時代物役者。新作だけでなく、こう云う役も出来る様になると芸の幅が広がる。重厚感のある演技で芝居巧者なところを見せてくれた中車、上々の出来であったと思う。

 

序幕二場「本能寺の場」。ここは『時今也桔梗旗揚』の「馬盥」を模した場。彦三郎の信長がこの優の持ち味である朗々たる科白廻しに加え、如何にも暴君らしい手強さでまずは見事な出来。「馬盥」にある「切り髪」のくだりはなく、供応の役の手落ちを責められた光秀は、蘭丸に額を割られる。領地も召し上げの仕打ちにあい、辞世の句を残して自害すると云う松也光秀。しかしその途端陣太鼓が鳴り、光秀の軍勢が雪崩を打って攻め込んでくる。本能寺の僧だと思っていた日計が実は光秀の家臣四王天但馬で、大立ち回りの末、信長は討ち取られる。只管耐える演技から、叛意を表しての大立ち回りと云う振り幅の大きいこの光秀と云う役を、松也が好演している。

 

続く序幕三場・四場「 愛宕山登り口の場」「同 山中の場」。場所はがらりと変わって愛宕山となる。史実では信長の長男信忠は、二条御所を光秀に攻められ、一子三法師を落として、自らは自害する。しかしこの芝居では、父の死を知らずに酒宴を張っているところに父の死を知らせる報が入り、光秀が差し向けた追っ手と斬り結んだ挙句、三法師を妻お通に託して自害すると云う設定になっている。最初は信忠は父に似ぬうつけと云う事になっており、確かに腰元を侍らせて鼻の下を伸ばし呑気に宴を楽しんでいるところはうつけそのものだが、父の死を聞くと急に力強くなる(笑)。

 

右近のお通は目の覚める様な美しさだが、兼ねる優らしい男勝りなところもきっちり出せていて、流石と思わせる。巳之助の信忠も、柔弱な若殿から自らの命を賭して妻と子を何とか助けようする武人らしい姿迄、きっちり演じて見事なもの。お通・信忠、そして軍平の猿弥が入り乱れる立ち回りも如何にも歌舞伎らしい見応えたっぷり。本能寺を脱して信長の死を知らせに来て、再び本能寺に戻って行く森蘭丸を演じた京純も、抜擢に応えた良い芝居であった。

 

中車・彦三郎・松也・巳之助・右近と、それぞれ好演を見せてくれているが、何とここまで、主演の幸四郎が出てこない。この部分が狂言のタイトルになっている「裏」の部分なのだろう。長くなったので、幸四郎染五郎親子の熱い芝居が観れる二幕目以降は、また項を改めて綴りたいと思う。