fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

十二月大歌舞伎 昼の部 松緑・幸四郎の『鞘當』、團十郎・菊之助・勘九郎の「二人道成寺」、新之助の『毛抜』

成田屋襲名公演の昼の部を観劇。こちらもやはり満員の盛況。ただ夜の部の際に少し触れたが、團十郎の出演は「押戻し」の正味五分間のみと物足りない。この部は新之助を中心にしたいと云う團十郎の考えなのだろう。しかし僅か九歳で歌舞伎座の出し物として粂寺弾正とは・・・大胆極まりない挑戦と云えるだろう。高麗屋襲名の際の染五郎義経でさえかなり思い切った配役だと思ったものだが、今回はその比ではない。子供心に計り知れないプレッシャーと戦っているのではないだろうか。

 

幕開きは『鞘当』。松緑の伴左衛門、幸四郎の山三、奇数日が猿之助の留女、偶数日が中車の留男と云う配役。謹慎していた中車の復帰舞台となった。筆者はどちらも観劇したが、中車が花道を出て来た時の拍手は大きく、そして長いものだった。巷間散々叩かれている中車。しかし歌舞伎の見物衆はこの優の復帰を待ち侘びていたのだと改めて思った。緊張の為か芝居は少し硬かったが、もう充分社会的制裁は受けたろう。これからは汚名を雪ぐ為にも、歌舞伎舞台に全力投球して貰いたい。

 

最近毎月の様に松緑幸四郎猿之助の組み合わせが観れるのが、実に嬉しい。当代屈指の踊り手である松緑幸四郎の所作事。文句のつけ様のない素晴らしさだ。松緑の伴左衛門の荒事味、幸四郎の和事味、どちらもきって嵌めた様にぴったりのニン。科白廻しも見事で、正に当代の『鞘当』。猿之助の留女も仇な艶っぽさと女伊達の強さを感じさせて、芝居をしっかり締めていた。成田屋襲名を寿ぐ、見事な出来の狂言であった。

 

続いて『京鹿子娘二人道成寺』を「押戻し」迄。配役は團十郎の左馬五郎、菊之助勘九郎の花子、彦三郎・亀蔵兄弟、萬太郎、種之助、福之助・歌之助兄弟、他の所化と云う配役。菊之助は以前大和屋を相手に「二人道成寺」を踊っていたが、今回はその時と演出が違い、通常の「道成寺」に近い行き方だ。勘九郎の方は「二人道成寺」は初役だと云う。これに團十郎の「押戻し」が付くと云う形。

 

しかし菊之助の花子の素晴らしさはどうだろう。愛嬌の薄い芸風がかえって鐘への妄執を感じさせ、その所作の美しさと相俟って、観ていて惚れ惚れする程の見事さだ。とくに〽︎恋の手習いからの〽︎誰に見しょとて紅鉄漿つきょうぞの艶っぽさ、ふっと遠くを見たところに切ない女心を滲ませるその水際立った技巧は天下一品。大和屋が踊り納めてしまっている現状では、当代に並ぶ者はないであろう。勘九郎もまた見事。こちらは愛嬌のある芸風なので、菊之助とは全く違った花子になっている。大和屋と菊之助の花子は一つの人格が二つに分かれて踊っているのを感じさせたが、今回の二人は全く違う二人が一つの振りを踊っていると云う印象になっている。

 

「鐘入り」があり、鐘が引き上げられて蛇体姿になった二人の清姫の亡魂が現れる。花四天を蹴散らしたところに、花道からいよいよ團十郎の左馬五郎が登場。その圧倒的な力感、堂々たる科白廻しと所作、これぞ荒事である。しかし素晴らしいだけに出番の短いのが残念。左馬五郎は最後に出て来て強烈な印象を残しはするが、どう考えてもこの狂言の主役は花子。通常の公演なら兎も角襲名狂言だったので、他に演目はなかったのかと思ってしまう。勿論芝居自体は上記の通り見事な出来であったが。

 

打ち出しは歌舞伎十八番から『毛抜』。新之助の弾正、雀右衛門の巻絹、錦之助の民部、右團次の玄蕃、芝翫の万兵衛、歌昇の数馬、児太郎の秀太郎、新悟の春風、廣松の錦の前、高砂屋の春道と云う配役。配役が発表された時から色々喧しかった史上最年少九歳で演じる新之助の弾正が何と云っても話題の中心だろう。弾正は荒事の力強さと愛嬌、捌き役としての爽やかさを兼ね備えていなければならない難役。当然九歳で演じおおせるものではない。その意味で通常の批評は無意味だろう。

 

しかし『外郎売』もそうだったが、新之助の所作はとても子役のそれではない。実に美しくすっきりしており、九歳とは思えない立派さだ。加えて印象に残ったのはその科白廻しだ。教えたのは無論父團十郎だろう。新之助自身も父が演じる弾正を見て自分もやりたいと伝えたと云う。しかしこれは筆者の推測だが、新之助は祖父先代團十郎の映像を繰り返し見たのではないだろうか。口跡に先代を想起させるところが多々あるのだ。当代團十郎はよく先々代の團十郎に似ていると云われる。新之助も同様隔世遺伝で、先代に似ているのかもしれない。孝太郎も、舞台で見る後ろ姿が先代團十郎にそっくりとブログで書いていた。もしそうなら末頼もしい限りである。

 

その新之助を囲む幹部役者の芝居がまた見事。高砂屋は日本一の殿様役者。見事な位取りと気品ある舞台姿は立派の一言。右團次と芝翫の芝居も実に手強い出来。殊に芝翫の万兵衛は悪を効かせながらも独特の愛嬌があり、とても初役とは思えない見事なもの。雀右衛門の巻絹は、何度も演じていて完全に手の内の役。各優が子供を相手にしていると云った感じは全くなく、全力投球で新之助を盛り立てているのが感じられた。若手花形も歌昇・児太郎・廣松・新悟とそれぞれしっかりとした出来。最後は新之助が年齢に似合わぬ立派な花道の引っ込みを見せて幕。成田屋の後継者たる宿命を背負った新之助、まずは見事なスタートを切ったと云えるのではないだろうか。目出度い限りである。