fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

歌舞伎座 三月大歌舞伎 昼の部 Bプロ 松緑・萬壽・芝翫の『加賀見山再岩藤』

歌舞伎座三月大歌舞伎、昼の部Bプロを観劇。最近AプロBプロとWキャストが増えて来ており、国立劇場が閉鎖中の影響なのか通し狂言の上演機会も多くなって来ている印象である。筆者的にはWキャストなら両方を観たいところではあるのだが、私的な事だが母が亡くなったりした事などもあり(まぁ私的と云えばこのブログ自体が私的な事ではあるのだが)、今月は昼夜共Bプロしか観れそうにない。色々痛恨の極みである。二階席に若干空席が見られたものの、入りとしては九分通りと云ったところであったろうか。

 

通し狂言なので、演目は『加賀見山再岩藤』一狂言のみ。「骨寄せの岩藤」で知られる芝居である。一月に初台で上演された『加賀見山旧錦絵』の後日談として、黙阿弥が書き上げた狂言だ。五年前に猿之助が演じて以来の上演であるが、その時は「骨寄せ」の部分を中心にコンパクトにまとめた演出であったので、三時間以上にもわたるほぼ完全な形での上演であるのが嬉しい。配役は松緑が岩藤の霊と又助の二役、萬壽の尾上、萬太郎の求女、新吾の梅の方、男寅の花園姫、虎之介の勝平、莟玉のおつゆ、歌之助の主税、種太郎の志賀市、亀蔵の一角、松江の主計、芝翫の弾正、扇雀のお柳の方、又五郎の帯刀、音羽屋の大領。松緑と男寅以外は皆初役だ。中で最後に少しだけ登場する音羽屋もそうであるが、古希を過ぎた萬壽が初役の大役に挑むと云うその役者魂が素晴らしい。

 

発端「多賀家下館奥庭の場」は多賀家の横領の企む弾正とお柳の方が中心である。この場に登場する主要四人の人物が全員悪人と云う、まるで北野武監督の「アウトレイジ」の様な場だ。弾正は自分の情婦であるお柳の方を妹と偽り主人である大領に側室として嫁がせている。その悪だくみが描かれているのだが、扇雀のお柳の方は悪人とは云え歌舞伎芝居らしい品格と位取りがしっかりとあり、ここの芝居が大詰で悪が露見して自害する場へと繋がっている。扇雀の解釈としてはお柳の方は根っからの悪人ではなく、愛する弾正への想いに引きずられる形で悪の道を歩んで行くと云う事なのだ。これは一つの立派な解釈であると思う。役柄の全体を俯瞰して人間像を描いているところが素晴らしい。

 

そしてもう一人の悪人、芝翫の弾正。こちらはもう気持ち良いくらい悪に振り切った芝居で、観ていてかえって清々しい程である(笑)。大体悪人の上手い役者は芝居が上手い。高麗屋や松嶋屋がその典型である。そして芝翫もまた然り。その骨太でたっぷりとした悪人ぶりは、丸本狂言ではないのだが義太夫味も漂わせるかの様な見事な芝居。筋書で大領演じる音羽屋が「弾正が大敵になってくれるとやり易く、今回は芝翫さんなので安心しています。」と語っていたが、その期待にしっかり応えていると云って良いであろう。先月に続いて芝翫の脂の乗り切った芝居を観れるのが嬉しい。

 

対する善人の松緑又助。松緑も悪人を演じるのが上手い役者で、それは後段の岩藤で充分に味わえるが、この又助は本当に忠義一途で、その真っ直ぐさ故に身を滅ぼすに至る点で、筋書で松緑自身がふれていた様に、「忠臣蔵六段目」の勘平に通じる部分がある役柄である。「浅野川の場」に於ける又助は善人であるが故に弾正にあっさり騙されて、お柳の方と思い込んで正室梅の方を殺してしまう。それを知った時に慙愧の念から自害するに至る。四幕目「鳥井又助内切腹の場」に於ける芝居は自分の行為が主人求女を追い込む事態となり、それを帯刀に責められて自害するのだが、妹や弟を案じる情味深さと、主人を思う忠義一途の心情が溢れる熱い芝居で、芝翫と好一対を成しており、こちらもまた見事。莟玉のおつゆも松緑としっかり組み合う大健闘を見せてくれており、世話な味を出せているのがお手柄である。

 

二幕目「八丁畷三昧の場」と「花の山の場」は「骨寄せ」からだんまりと続き、舞台が一転明るくなって宙乗りとなる歌舞伎的趣向に溢れた場で、ここを得意とした亡き猿翁が如何にも好きそうなケレン味のある幕である。その作劇の上手さは、流石黙阿弥と云ったところか。舞台が暗転しただんまりから花が咲き誇る背景に変わり、宙乗りでふわふわと舞台に浮かび上がり乍ら傘を差しかけて「ハテ風情ある眺めじゃなぁ」と笑う松緑岩藤の姿は悪の華が歌舞伎座の大舞台を覆い尽くしており、正に千両役者のそれである。又助と岩藤、善と悪の二面性をきっちり演じ分けた松緑の技量は、本当に素晴らしいものであったと思う。

 

続く三幕目「多賀家奥殿草履打の場」は、『加賀見山旧錦絵』にあった「草履打ち」の趣向を取り入れた場。上使として現れた弾正に責められた萬壽尾上が必死に抗弁している内に弾正の姿が岩藤に変わり、草履で打たれる。そしてその姿は再び弾正に変わり、嫌がる花園姫を嫁入りさせよと詰め寄られて困惑すると云う場なのだが、ここの萬壽の受けの芝居もまた見事で、初役乍ら積み重ねた芸歴が伊達ではなかった事を雄弁に物語っている。狂言自体もいいが、演じる萬壽・芝翫・松緑も素晴らしく、本物の歌舞伎芝居を存分に堪能させて貰えた場であった。

 

大詰「多賀家下館奥庭の場」は、弾正とお柳の方の悪事が露見しお柳の方は自害、弾正は求女と帯刀に討ち取られてめでたしめでたしとなる。ここの場は、何と云っても芝翫弾正と捕手達との立ち回りが圧巻の出来。梯子を使った立ち回りは歌舞伎らしい華やかさがあり、還暦を過ぎてはいても元気一杯な芝翫のたっぷりとした所作は、これぞ歌舞伎の立ち回りである。最後に現れた音羽屋が、舞台一面に響き渡る見事な科白廻しと圧倒的な存在感で全てをさらってしまうところは、まるで国立劇場の正月公演の様。最後になったが、帯刀演じる又五郎も情味深さがあり乍ら、又助を叱責するあたりでは手強さもしっかり出していて、これまた見事な芝居。作良し役者良しの、申し分ない『加賀見山再岩藤』通し狂言であった。夜の部の感想は、観劇後また改めて綴りたい。