fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

十一月 吉例顔見世大歌舞伎 夜の部 芝翫・時蔵・梅枝の『鎌倉三代記』

歌舞伎座十一月夜の部、中幕の『鎌倉三代記』。長くなりそうだったので、この狂言のみ単独で感想を綴りたい。云う迄もなく丸本の名作である。芝翫の高綱、時蔵の義村、梅枝の時姫、高麗蔵のおくる、歌女之丞の阿波の局、梅花の讃岐の局、松江の六郎、東蔵長門と云う配役。中で時蔵・梅枝・高麗蔵・東蔵が初役。他の人は兎も角、東蔵長門を演じた事がなかったとは意外。齢傘寿を過ぎて初役に挑む東蔵は素晴らしい。しかしこれ程のベテランでも演じた事のない役があるものなのですな。

 

今の歌舞伎界の課題は、興行面では若い客層の開拓、そして伝統芸の継承と云う面では義太夫狂言が演じられる役者を増やす事であると思う。幸四郎は数年前から丸本に挑んでおり、一定の成果をあげている。團十郎は今のところ家の芸と新作が興味の焦点の様だ。そんな中、歌舞伎座ではないが先々月・先月の「妹背山」に続き、梅枝が三ケ月連続で丸本に取り組んでいる。芝翫も先月の鱶七に引き続き今月は高綱、そして来月は南座で「一力」の平右衛門を勤める。松緑も先々月に初役で大判事に挑んでおり、やはり松竹も丸本役者の手薄さを感じているのだろう。この辺りの役者が立派に丸本をこなして行って貰わないと、歌舞伎界の明日はないと思う。

 

初役の役者が多い狂言となったが、その中で三度目と云う芝翫はやはり素晴らしい。初演時に高麗屋の指導を仰いだと云う事だが、特に藤三郎の時の科白回しに、高麗屋を思わせる口跡がある。幸四郎は倅だから当然としても、今の中堅花形役者の芝翫松緑獅童團十郎勘九郎などがこぞって高麗屋に役を教わっているのは、本当に良い事だと思う。あまり想像したくない未来だが、例え高麗屋が亡くなったとしても、あれ程の芸を絶やしてはいけない。令和の時代にも、しっかり受け継いで行って欲しいものだ。

 

その芝翫、藤三郎の軽い味から一転して高綱となって井戸から出て来た所の古怪な大きさ、竹本とシンクロする義太夫味たっぷりの科白回し、何れも見事なもの。井戸から出てきて髪を拭う所作なども如何にも丸本の古格さが出ており、太々しい描線と相まって素晴らしい高綱。どんな計略を使ってでも鎌倉方を討たずにおかないと云う執念が、その身体から滲み出る。手傷で弱っている三浦之助を打擲して叱責する場も実に手強い出来。〽地獄の上の一足飛びからぶっ返った時の、柄の大きさを生かした所作はこれぞ丸本。今や義太夫狂言には欠かせない役者になったと云っていいだろう。来月の平右衛門も今から楽しみでならない。

 

そして初役で勤める時蔵・梅枝の親子共演。意外にも時蔵は本興行で時姫を勤めた事がないのだぞうだ。倅が演じると云う事は、今後も機会がなさそうに思える。残念な事だ。しかし時蔵に三浦之助とは意表をつく配役だった。高砂屋に教わったらしいが、流石に芸達者なベテランだけあって、きっちり演じている。科白回しに女形の口跡が残っている部分もあるが、何とか京方の退勢を立て直そうとする若々しい気概に溢れた結構な義村。母長門から面会を拒絶された所の無念な表情も良し。義村のモデルは木村長門守なのだが、時蔵はしっかりとした位取りで、気品も出している。初役乍らまずは見事な三浦之助義村であった。

 

丸本の中の三姫の一つ時姫に、こちらも初役で挑んだ梅枝。集中的に義太夫狂言に投入されているところを見ると、松竹もこの優の適正は丸本にありと見ているのだろう。事実その通りで、初役とは思えない実に傑作とも云うべき時姫であった。いつも書いている事だが、曾祖父三代目時蔵を思わせる面長で古風な顔立ちが、丸本のお姫様にぴたりと嵌まる。そして若い乍らイトに乗れる所作はこの優が天性の丸本女形であると思わせるに充分。〽短い夏の一夜さに、の竹本を受けて戸口から表を覗き、「忠義の欠くる事もあるまい」のこってりした科白廻しもまた素晴らしい。この味をこの年齢で出せる梅枝の丸本役者としての資質は、疑いようのないものだ。

 

藤三郎の口説きを退けて刀を抜き、井戸をのぞき込む時の形の良さ。義村に父時政を討てと云われての「北条時政、討ってみしょ~う」と云う場の涙ながらに覚悟を示す所作。何れもとても初役とは思えない見事さだ。今度はこの優で、八重垣姫をぜひ観てみたい。お願いしますよ、松竹さん。その他脇では、東蔵長門義太夫味は薄いものの、会いたい倅に何故戻ったと涙交じりに叱責する武家の妻を、流石の芝居の上手さで見せる。高麗蔵のおくるも敵と思わせて味方である肚がきっちりあり、最後は自害する人物を地味乍らもしっかりと演じてこれまた良し。松江の六郎もべりべりと手強い出来。加えて成駒屋の番頭格、歌女之丞と梅花を局に配して、令和丸本の一つの手本を示したと云っていい名舞台となった。

 

新年早々、浅草で米吉・歌昇橋之助が「十種香」に挑むと云う。実に結構な事だ。若手花形にはこれからはどしどし義太夫狂言に挑戦して貰いたい。一朝一夕に出来るものではないとは思うが、期待して観て行きたいと思う。