fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

團菊祭五月大歌舞伎 第二部 海老蔵の『暫』、音羽屋三代の『土蜘』

歌舞伎座二部を観劇。今年初めて海老蔵歌舞伎座に登場するとあって、ほぼ満席状態。巷間色々云われている海老蔵だが、その集客力はやはり梨園の内に並ぶ者がない。今回は團菊祭とあって、同じ部で歌舞伎十八番と新古演劇十種が激突すると云う狂言立て。松竹も中々やるものである。これでお客が入らない訳がない。客席の熱気に応えるかの様な、熱い舞台だった。

 

幕開きは歌舞伎十八番『暫』。配役は海老蔵の権五郎、又五郎の震斎、孝太郎の照葉、男女蔵の成田五郎、右團次の太郎、九團次の左衛門、吉之丞の八郎、市蔵の埴生五郎、齊入の常盤木、家橘の蔵人、児太郎の桂の前、友右衛門の茶後見、錦之助の次郎、左團次の武衡。梨園総出で市川宗家成田屋歌舞伎座への帰還を、寿いでいるかの様な座組である。

 

歌舞伎十八番の中でも、ことにこの鎌倉権五郎は海老蔵のニンである。以前にも触れたが、亡き三津五郎が「荒事の禁物は上手いです。上手い荒事はダメですね。むしろ下手な方がいい」と云う趣旨の発言をしていた。同じ歌舞伎十八番勧進帳』の弁慶などとは違い、肚のいる芝居ではない。寧ろ三津五郎の言に従えは、肚などは持ってはいけない役どころ。その点海老蔵はこざかしいテクニックなど一切使わず、ニンと勢いと天性の愛嬌で押し切っており、実に気持ちの良い権五郎。

 

「しばらぁぁぁくぅ」の声と共に花道を出て来て「久しぶりの歌舞伎座」、「オリンピックの開会式以来、一年ぶりのこの拵え」などと入れ事をして、客席を大いに沸かす。その大きさ、力感、これぞ荒事、これぞ権五郎である。歌舞伎十八番と云っても今は成田屋の占有物ではなくなっているが、この狂言だけはここ三十年近く成田屋親子以外に演じた役者はいない。この権五郎にハマるニンを持って生まれた海老蔵市川宗家の後継者であった事は、歌舞伎界にとって慶事であったと云っていい。容貌はお母さん似と思える勸玄君が、この権五郎にハマる役者になってくれる事を、願ってやまない。

 

だが久しぶりに観た海老蔵が、段々歌舞伎座の座頭たるに相応しい大家の風格と幅を備えつつあるのを実感する一方で、以前にあった破天荒で無鉄砲な迄の荒々しさが徐々に薄まってきている様に思えた。荒事と云う芸は、基本的に役者の円熟と云うものを受け付けない芝居である事は、先の三津五郎の発言でもわかる。これからの海老蔵がどう荒事と向き合って行くのか、興味深く見守りたい。脇では又五郎と孝太郎は流石年季の入った芸。腹出しの男女蔵・右團次・九團次・吉之丞・市蔵も、愛嬌・力感申し分なし。ただ武衡を勤めた左團次が声に以前の様な張りがなく、少し元気がない様に思えた。齢八十を過ぎた高島屋、健康には充分留意して貰いたい。

 

打ち出しは『土蜘』。新古演劇十種の内で、云わずと知れた音羽屋家の芸。菊之助の智籌実は土蜘の精、時蔵の胡蝶、梅枝の榊、又五郎歌昇・種之助・男寅の四天王、錦之助権十郎・萬太郎の番卒、丑之助の音若、菊五郎の頼光と云う配役。歌舞伎座では初めて演じると云う菊之助の土蜘が注目だが、この音羽屋家の芸を何故不惑を超える迄劇団の御曹司が勤めなかったか、それが何となく分る芝居だった。

 

菊之助の智籌はその容姿の美しさ、その科白廻しの上手さ、舞踊の名手らしい所作の見事なところ、まず文句のつけ様のないものだ。父である菊五郎との明王問答もイキが合い、実に聞かせる。しかし土蜘の精が化けている智籌のおどろおどろした部分が出せていない。これはあからさまにすると底割れになるので難しいところだとは思うが。菊之助は余りに美し過ぎ、所作が典雅であるせいか、化生の物らしい不気味なところが感じられないのだ。音羽屋の御曹司としての溢れんばかりの気品が邪魔をしているのかもしれない。ここはこれからの課題だと思う。

 

対する菊五郎の頼光は流石の出来。病を得ている憂い、武士らしい気品と太刀を構えたところのきっぱりとした美しさ、当代並ぶ者はないだろう。夜が更けて扇子を少しく傾けて目を閉じ休んでいるところの形の良さは、何の芝居もしていない様でいて、ぐっと引き付けられる。今回のこの狂言では、この菊五郎が第一の出来であった。次いで時蔵の胡蝶がまた上手い。都の紅葉を物語る踊りは少しも派手な動きはないのだが、美しい紅葉が面前に現れるかの様。艶やかな芸者や、仇な女伊達が得意な時蔵だが、この胡蝶も見事な技巧。太刀持の丑之助も祖父と父を向こうに回して精一杯の出来。この子は声も良く、目が涼やかで流石音羽屋・播磨屋の最強DNAを受け継いだだけの事はあると思わせる。将来が実に楽しみだ。

 

劇団が三部の右近と二つに分かれて出演した形になったが、チームワークの良さは不変。菊之助に注文は付けたが、それも菊之助だから敢えてと云うもので、楽しめた狂言であった事は間違いない。歌舞伎界の中心である成田屋音羽屋。色々世間は喧しいが、両家手を携えてこれからの歌舞伎を大いに盛り上げて行って貰いたいものだ。