fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

團菊祭五月大歌舞伎 第三部 梅玉・隼人・莟玉の『市原野のだんまり』、右近・巳之助の『弁天娘女男白浪』

皐月の歌舞伎座に團菊祭が三年ぶりに帰ってきた。憎んでも憎みきれないコロナの為に、ここ二年團菊祭と銘打った興行が行われなかった。少しずつ歌舞伎座に日常が戻ってきつつあるのを実感する。次はぜひ大向うを解禁して貰いたいものだ。と云うのも今月くらい大向うのない歌舞伎見物の侘しさを感じた事はなかったからだ。勿論、『弁天娘女男白浪』の事である。

 

幕開きは『市原野のだんまり』。「今昔物語」をもとにした常磐津の舞踊劇。先月の「時鳥花有里」に続き、梅玉が復活させた狂言だ。梅玉の保昌、隼人の保輔、莟玉の鬼童丸と云う配役。復活させたご当人であるだけに、先月の義経同様正にニンである。笛を吹きながら花道を出て来たところ、史実にある藤原氏の一族としての気品に溢れ、この出だけでぐっと狂言の世界に引き込まれる。

 

「今昔物語」にある挿話の、平井保昌を襲おうとした袴垂保輔がその人物に気圧されて襲い掛かれず、逆に家に招じ入れられて衣服を恵まれ、慌てて逃げかえったと云う話しに基づいたものだ。この狂言では保輔はしっかり襲い掛かるが(笑)。梅玉は先に記した様にニンにも叶い見事な芸。隼人もここに来て腕を上げてきており、形もキッバリしていて手一杯の出来。ただ莟玉は童形の役とは云え容姿が可憐過ぎて線が細い。ちょっと無理のある配役だったと云う印象だった。

 

打ち出しは『弁天娘女男白浪』。云わずと知れた五代目菊五郎に黙阿弥が当て書した、音羽屋家の芸。右近の弁天、巳之助の力丸、彦三郎の駄右衛門、隼人の利平、米吉の十三郎、橋之助の清次、橘太郎の与九郎、福之助の宗之助、亀三郎の長松、東蔵の幸兵衛と云う配役。去年五月公演で鮮やかなお嬢吉三を見せてくれた右近が、團菊祭で弁天小僧に挑んだ。劇団には梅枝と云う若手女形がいるが、兼ねる役者の右近を菊之助松緑に次ぐ存在と認識しているのだろうか。しかし若手花形中心の鮮烈な五人男だった。

 

ただ「浜松屋」はやはり難しいのだろう。去年のお嬢吉三の様には行かなかった。花道での巳之助の力丸とのやり取りはいい。二人共世話の科白廻しがしっかり出来ており、いかにも歌舞伎らしい雰囲気が横溢している。しかも右近は美貌なので、お嬢様と思ったのが、実は男でしかも泥棒だったと云う変り目がしっかり出せるのが大きな強み。視覚的には大いに見せる。しかし例の「知らざあ言ってきかせやしょう」からの長科白は、リズムが悪く、陶酔的に謡い切れていないから、聴いているこちらも居心地の悪さを感じてしまう。しかもここは手の置き位置や煙管の扱いなどが細かく決められており、その段取りを追うのに必死な感が見えてしまう。やはりここは今後習熟が必要だろう。

 

対する巳之助の力丸は非常な好演。武士を装っている時代がかった科白廻しが上手く、口跡もしっかりしていて、ここのところの長足の進歩を実感させてくれる。彦三郎の駄右衛門も堂に入っており、賊徒の棟梁としての貫禄がある。朗々と響く科白廻しはこの優の特徴であり、歌舞伎座の大舞台が揺れるかの様。この場ではこの二人が優れていた。勿論何度も勤めている橘太郎の与九郎、東蔵の幸兵衛は完全に持ち役で、熟練の技を披露してくれている。

 

大詰「稲瀬川勢揃いの場」は若手花形手一杯の出来で、実に気持ちが良い。花道に揃ったところ、舞台に廻っての名乗り科白、五人ともしっかり謡っており見事な出来。姿形も美しく、悪の華が舞台から溢れんばかりに咲き誇る。目も耳も楽しめるこれが歌舞伎の醍醐味だ。これぞ令和の歌舞伎だと云わんばかりの素晴らしい場となっていた。「浜松屋」には不満を云ったが、最後にこれを見せられてはそんな気持ちも吹っ飛んでしまう。気持ちよく歌舞伎座を後に出来た。

 

今月は一部に「金閣寺」、二部に『暫』・『土蜘』と凄い狂言が揃っている。團菊祭らしい華やかな舞台を期待したい。