fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

六月大歌舞伎 第二部 大和屋・松嶋屋の『桜姫東文章』下の巻

歌舞伎座二部を観劇。四月に引き続き入場制限下ではあるが、超満員の盛況。客席は熱気で溢れていた。全席販売しても完売していただろうから、松竹的には残念だったろう。三十六年ぶりだと云う玉孝の「東文章」。もう観れないかもしれないと思うと、一瞬でも見逃したくないと云う公演だった。

 

前回から引き続き大和屋、松嶋屋錦之助歌六、吉弥と云う主要の役どころに変更はない。それに孝太郎がお十で加わる。四月を観ていない観客の為に、幕開きの前にそれまでのあらすじ説明があって幕が上がった。今回は「岩淵庵室」から大詰め迄の上演。

 

四月の「三囲土手の場」迄は、物語の発端が清玄にある関係で、桜姫と清玄、権助が同等の絡みを見せているが、今月の「岩淵庵室」以降は完全に桜姫が主役である。清玄の妄執、そして最初は強姦した挙句にあっさり姫を捨てたものの、結局は桜姫に魅了され殺される権助も、所詮は桜姫の業と云うか、その生き様に翻弄される存在でしかない。桜姫にそれだけの魅力が出てこないと、この作品は成り立たない。桜姫が難役中の難役とされるのは当然だろう。

 

近年福助七之助が演じてはいるが、桜姫を歌舞伎座で演じた役者は亡き歌右衛門と大和屋しかいない。去年明治座七之助が演じる予定だったが、コロナで流れてしまったのは残念だった。チケットは押さえていたのだけれど。勘九郎が同じ座組で必ず明治座に帰って来ますと云っていたので、今回の上演を踏まえた七之助の桜姫も楽しみだ。

 

細かな筋は省くが、とにかく大和屋の桜姫が絶品だった。ことに「権助住居の場」における大和屋は抜群の上手さ。権助に女郎屋に売られ風鈴お姫と呼ばれる身になっているところ、女郎言葉と姫言葉が入り混じる科白廻しの見事な事!艶やかであり、強さもあり、しかしそこに一抹の哀しみもある。清玄の幽霊を前にした長科白の素晴らしさは、正に聴かせどころだ。ここがクライマックスでも何ら違和感はないのだが、この芝居にはまだ後に山がある。

 

清玄の幽霊に傍らの赤子は自らの子であり、権助は清玄の弟であると聞かされた桜姫。酔って帰った権助に更に酒を勧める。酔った勢いで姫の父である吉田の少将と弟の梅若の殺害を口走る。ここの二人芝居が実に素晴らしい。酔いが段々深まって行く松嶋屋の芝居は正に世話の味。そして真相を聞き出そうとする大和屋の桜姫。真相が明らかになるにつれ、姫の表情が変わって行く。舞台に緊迫感が漲り、この二人ならではの見事な場になっている。天国の南北も、感嘆の溜め息を漏らしているのではなかろうか。

 

結局姫は権助が仇である事、赤子が仇の子であることを知り、二人共刺し殺す。天下の二枚目松嶋屋もあえなく死んでしまうが、大詰で権助と我が子を殺した言い訳に自害しようとする姫を押しとどめる頼国役で再登場。目の覚める様な捌き役のいで立ちで、颯爽としたところを見せて汚名(?)返上。最後は出演者揃って客席に挨拶して幕。全体として陰惨な話しなのだが、最後は明るく〆て大団円といったところ。こうでないと気持ちよく帰れませんから(笑)。

 

やはり大和屋の魅力が圧倒的だった「東文章」下の巻。ただ前段から二ヶ月空いてしまっての上演はやはり残念。これは通しで観たい狂言だった。体力的に古希を過ぎた二人には厳しいのだろうけれど。しかし折角二人揃うなら、他にもまだまだ観たい狂言は沢山ある。『盟三五大切』とか、「吉田屋」何かはぜひまた観たいものだ。松竹さん、宜しくお願い致します。

 

来月は二年ぶりに海老蔵歌舞伎座に帰ってくる。奮発して二回チケット押さえました(笑)。実に楽しみです。