fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

七月大歌舞伎 大阪松竹 幸四郎の『女殺油地獄』

続いて夜の部『女殺油地獄』の感想を綴る。

 

松嶋屋の監修による「油地獄」。これがまた素晴らしかった。松嶋屋のやり方をなぞっているが、幸四郎の与兵衛としてきっちり練り上げられている。ニンとしても幸四郎に合っており、松嶋屋がさよなら公演で一世一代と銘打って演じ納めてしまった今となっては、今後間違いなく幸四郎の当たり役になるだろう。

 

序幕の「徳庵茶店の場」はいかにもじゃらじゃらしたお店のボンボンの風情が出ており、押し出しが立派な松嶋屋よりも自然だ。年齢的な物も大きいとは思うが、役が手に入っている。猿之助のお吉も世話女房の雰囲気を漂わせていいお吉。

 

続いて「河内屋内の場」は歌六と竹三郎の夫婦が流石に上手い。ただ竹三郎はやや科白に明瞭さを欠いている。年齢的に厳しいのだろう。ここでも幸四郎が見てて呆れるばかりの見事な放蕩息子ぶりで、店を叩き出される。見送る歌六と竹三郎の姿がまたいい。

 

最後の「豊嶋屋油店の場」がやはりクライマックス。鴈治郎の七左衛門が売り上げをお吉に預けて、夜分だからと止めるのも聞かず掛け取りに出てしまう。結末を知って観ている身としては、とてもせつない。

 

松之助の小兵衛に、明朝迄に金を返す様に迫られる与兵衛。そして徳兵衛とおさわが油屋を訪ねて来る。ここでの歌六と竹三郎が親の情愛に溢れまた素晴らしい。それを受ける猿之助の、親の情にうたれる芝居もまた見事。ただやはり竹三郎は足が悪いのだろう、正座が辛そうだった。

 

そして与兵衛がお吉に金をせびる。拒絶されると真人間になるからと云うが、相手にされないと見るや色仕掛けで口説く。ここの幸四郎がまた素晴らしい。今まで考えた事がなかったのだが、真人間になる→色仕掛けと云う順序が、将棋で云うところの所謂手順前後だったのだ。この手順前後がこの後の殺しに繋がっている。色仕掛けを手強く拒絶された後に反省して真人間になると云うのなら、お吉にとってまだしも説得力があったはずなのだ。真人間になると云った舌の根も乾かぬうちに口説かれても、何の信憑性もない。お吉が相手にする気になれないのは当たり前だ。観ていて痛恨の思いにかられた迫真の場面だった。

 

最後の殺しの場面も迫力があり、思わず息をのむ素晴らしさ。松嶋屋ほどの狂気は薄いが、幸四郎なりの手一杯の芝居で、猿之助も手の負傷を感じさせない動きを見せてくれる。油に滑りながらの殺しは、もどかしい与兵衛の人生を象徴的に表しているかの様。その与兵衛に殺されるお吉の哀れさも一入感じさせ、胸が締めつけられる様な見事な芝居になった。

 

松嶋屋の与兵衛が観られないのは残念だが、代わりにこの幸四郎がいる!と云わんばかりの見事な『油地獄』だった。この襲名を通じて、層の厚い花形世代の中でも、幸四郎がはっきりトップランナーに立ったと、改めて感じさせられた素晴らしい狂言だった。

 

八月の納涼歌舞伎、九月の秀山祭が、今から楽しみだ。

 

 ∗ 追記。今月の「演劇界」の表紙がこの『油地獄』の写真だった。「演劇界」は毎月読んでいるが、歌舞伎座公演以外の興行の写真が表紙に載る事は、あまりなかったと思う。その意味でも、この芝居の評判がかなり良かったのではないかと思われる。