fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

歌舞伎座 七月大歌舞伎 中車の『菊宴月白浪』

歌舞伎座昼の部を観劇。平日にもかかわらず、ほぼ満員の入り。猿之助があんな事になってしまって、代役で奮闘している中車が何かと話題になっているお陰でもあろうか。今大変な時を迎えている澤瀉屋だが、中車を先頭に頑張って行って貰いたいものだ。大変と云えば歌舞伎界全体も大変なのだが。その起爆剤的な意味だろうか、十月の歌舞伎座寺島しのぶが出演すると云う報道があった。『文七元結』で獅童と共演すると云う。本当だろうか。もし本当だとしたら、大変なニュースだ。舞踊ならともかく、成人女優が歌舞伎座で歌舞伎を演じると云う事は前代未聞だ。今後の成り行きを見守りたい。

 

通し狂言なので、昼の部は『菊宴月白浪』の一狂言のみ。大南北の原作を元に、猿翁がケレン的な要素を加えて復活上演させたもの。三十二年ぶりなので、当然筆者は初めて観る狂言だ。配役は中車の定九郎、壱太郎のおかる、種之助の縫之助、男寅の浮橋、福之助の小源太、歌之助の与五郎、青虎の師泰、由次郎の次郎左衛門、寿猿の寿作、笑三郎のお六、笑也の加古川、猿弥の権兵衛、門之助の馬之助、浅野和之の九郎兵衛と云う配役。中ではやはり浅野和之の出演が目を引く。元々四時間以上あった芝居を、今回は三時間ちょっとにまとめている様だ。

 

内容は「忠臣蔵」の書替狂言で、パロディ的な要素が強い。歌舞伎の世界では歴史的な悪人とされている斧親子が、実は忠臣であったと云う設定となっている。九郎兵衛が討ち入りに加わらなかったのは、由良之助としめし合わせた上での事で、万が一師直を討ち漏らした場合の後詰として控えていたのだと云う事が劇中で明かされる。口上人形で始まり、「大序」や「四段目」「五段目」「七段目」などを模した場面や科白が多くあり、他の狂言からも多くの引用と云うかバロディがある如何にも大南北の原作らしい芝居だ。話はかなり錯綜しており、善人と思ったら悪人、悪人と思ったら善人と南北ワールド全開で筋を説明するのも難しい。ざっくり云うとお取り潰しになった塩谷家を再興する為に定九郎が奮闘して、めでたくお家再興が叶うと云う物語だ。

 

そして主役たる中車だが、とにかくこの大役を大過なく演じおおせているのは大手柄と云っていい。映像の時は兎も角、歌舞伎役者としては愛嬌のある優ではないので、猿之助の様な華やかさはない。しかし芝居は確かだし、今回の中車で驚かされたのは「両国柳橋の場」における定九郎改め盗賊星五郎。捕り手と大立ち回りを演じた挙句に、女房加古川の亡霊が「加賀見山」の岩藤よろしく傘を差しかけながら宙吊りになる。そこで二人揃って極まったところなぞ、大錦絵の様で実に立派なものだった。歌舞伎役者としての中車の日頃の修練を思わせる場となっていた。

 

加えて声が良く通る。比べては失礼だが同じ映像系の浅野和之の声は通りが悪く、三階席で観た筆者には中々聴き取り辛かったのに比べると、完全に歌舞伎役者の声になっている。反面定九郎は歌舞伎における典型的な白塗り二枚目の役なので、その意味では色気には欠ける部分もあるし、宙乗りの時も表情が硬く、猿之助ならもっと愛嬌たっぷりに演じたであろうとは思う。しかし宙乗り自体をした事もない人が、新歌舞伎座初の両宙乗りをこなしただけでも、素晴らしい事だろう。しかも戻りの宙乗りでは、落ちそうになったところでパッと傘を差して極まると云う大技も披露。ここは見物衆も拍手喝采で、大いに沸いていた。

 

そして今回驚いたのは歌之助。役柄としては、定九郎を向こうに廻した大敵役なのだ。これは抜擢と云っていいだろう。こう云っては何だが、兄福之助より役が大きい。何をもって役を振っているのかは判らないが、抜擢に応えた力演であったと思う。勿論芝居としてはまだまだの部分はある。科白廻しも技術的に盤石とはいかないし、もっと突っ込んだ芝居をして欲しいと思わせるのも事実だ。しかし所作やその風情に如何にも歌舞伎的な味わいが出てきており、いい役者ぶりになってきたと思う。流石大和屋の薫陶宜しきと云ったところだろうか。今後が楽しみだ。

 

その他脇では壱太郎のおかるが、女伊達らしい手強さと色気を兼ね備えた秀逸な出来。この優は最近どんな役でも外れがない。将来の立女形への道を順調に歩んでいると云っていいだろう。猿弥の権兵衛も悪人の時の凄み、最後「九段目」の本蔵よろしく自ら定九郎の手にかかってのモドリの述懐の、如何にも歌舞伎的な技巧の冴えなど、流石積み上げた年輪は伊達ではない。門之助の馬之助も、位取りの確かさに加えて情味のあるところをしっかりと見せてくれており、ベテラン・若手一体となって、立派に猿之助不在の穴を埋めてくれていた。出演していた全ての役者に拍手を送りたい。先輩・後輩全力投球のこの芝居を猿之助に見せてあげたいと、心底思った次第。

 

今月は残る夜の部に加え、大阪松竹座の開場100周年記念公演も観劇予定。その感想は、観劇後に又改めて綴りたい。