fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

七月大歌舞伎 猿之助の「小栗判官」

とうとう千秋楽迄の全公演が中止になってしまったが、筆者は運よくこの一部も観劇出来た。こちらもいい入りで、今月は三部とも盛況であったのは嬉しい限りだ。ただ今のコロナの状況を見ると、来月の入りは少々心配だ。筆者は別に松竹と何の縁もゆかりもないので興行収益を心配する必要はないのだが、やはり歌舞伎は役者と見物衆が共同で作り上げると云う要素が(勿論裏方さんも含めてだが)他の演劇よりも強いと思う。大向うなどはその典型的な例で、禁止の状態が続いているのは如何にも寂しい。しかし今は幕が開けば良しとしなければならないだろう。

 

三部と同じくこの一部も一狂言のみ。猿之助四十八撰の内より『當世流小栗判官』。猿之助が判官と浪七の二役、笑也の照手姫、巳之助が橋蔵・太郎の二役、右近がお駒と采女之助の二役、青虎の次郎、男寅の三郎、寿猿のおよし、笑三郎のお槙、猿弥の大膳、男女蔵の胴八、門之助がお藤と安房守の二役、歌六の遊行上人に寺島しのぶの愛息眞秀君の一眞と云う配役。判官・照手姫二人揃っての宙乗りあり、大立ち回りありの大スペクタル劇で、流石は猿翁の代表作だけの事はある。奇抜な様だがしっかり歌舞伎としての芯がある。好き勝手している様に見え乍ら、歌舞伎の様式美からはみ出さない。そこが「ナウシカ」や現代作家の作った最近の新作とは違うところだ。

 

コロナ禍の中で猿之助が続けている長い狂言を凝縮して短時間で見せる試み。その中では成功・不成功は当然の事として出て来る。今回も元は五時間近くある出し物を二時間ちょっとに纏めているが、非常にすっきりと構成されていて、これは成功作と云えるだろう。序幕は判官・照手姫・大膳の関係性を簡潔に見せる場になっており駆け足の感は否めないが、猿之助の曲馬はやはり見もの。科白回しも音吐朗々としており、実に見事な判官ぶりだ。

 

二幕目になり、猿之助もう一役の浪七登場。この浪七がまた実にいい。『義経千本桜』の渡海屋銀平を彷彿とさせる鯔背な風姿で、颯爽とした見事な浪七。女房役の門之助とのイキもぴったりで、実に結構な世話場となっている。門之助のお藤が拾った簪を騙し取る為、男女蔵の胴八が人はいいがちょっとお頭の弱い巳之助の橋蔵を代官に仕立てる。しかし浪七はこれを見破り橋蔵は退散。ここで巳之助が「オレは先月梅王丸、その前は南郷力丸をやったくらいなのに、何で今回はこんな役」などと入れ事のぼやきで客席を沸かせる。

 

次幕「堅田浦浜辺の場」。さらわれた照手姫を救う為、自刃して自らの腸を引き出して天に投げ打つ浪七。姫を逃がし、胴八と相打ちの様な形で壮絶な最期を遂げる。この場の猿之助の芝居は実に熱く、文字通りの熱演。笑也の照手姫はひたすら可憐、男女蔵の胴八は実に憎々し気でこの場の盛り上がりは見応えたっぷり。ここが一つの見せ場になっている。

 

大詰一場「万福長者内奥座敷の場」。場面は一転し、美濃国の富商万屋に賊から逃れた照手姫が小萩と名を変え奉公している。ここの娘右近のお駒に婿が来る。この婿が判官。照手姫は動揺する。しかしこの万屋後家笑三郎のお槙は元は姫の乳母であり、判官と小萩の素性を知ると婿取りを諦める。しかし娘のお駒は諦めきれずに二人が揉み合う内に誤ってお駒を切ってしまい、覚悟を極めたお槙はお駒を刺し殺す。そこから連理引となり、お駒の幽霊が現れる。今までの上演では判官とお駒は一人の役者が兼ねていたが、今回は猿之助・右近に振り分けている。猿之助が筋書で「判官とお駒の二人の場面はあった方が良いと判断して右近に任せた」と云う趣旨の発言をしていた。早替りの妙味はなくなるが、他に見せ場はあるし、芝居としては二人で演じた方がコクが出る。これは正解だったと思う。

 

大詰二場・三場は駆け足的だが、スペクタクルを見せる場。お駒の幽霊の呪いで判官は容貌が崩れ、半身不随となる。車に乗せた判官と照手姫の道行から、歌六の遊行上人の霊験により平癒した判官と照手姫の宙乗りとスピーディーに展開する。二人揃っての宙乗りはやはり圧巻。見物衆も大いに沸いていた。最後は大膳達を討ち取りめでたしめでたしとなり、役者揃っての切口上で幕となる。

 

派手な演出の場に目が行きがちではあるが、笑三郎・右近の女形二人芝居は実に歌舞伎らしく見応え充分。歌六の遊行上人もニンであり、眞秀君の一眞を従えて出たところ、徳のある高僧としての位取りもしっかりあり、間然とするところのない出来。猿弥・男女蔵も手強い出来で、各役揃って素晴らしい狂言となっていた。

 

大作をスピーディーに纏め上げ、幽霊あり、宙乗りありの見所たっぷりな令和版「小栗判官」。希代のエンターテイナー猿之助の面目躍如と云ったところか。客席も大盛り上がりで、実に楽しめた歌舞伎座第一部であった。コロナ感染の状態が気になる猿之助だが、来月また元気な舞台姿を見せて欲しいと願うばかりだ。