fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

七月大歌舞伎 第三部 菊之助親子の『風の谷のナウシカ』

コロナが過去最大の広がりをみせ、遂に歌舞伎座の全演目が今月一杯中止となってしまった。猿之助菊之助も感染し、菊之助はともかく猿之助は来月の二部・三部にも出演が決まっている。果たして来月は初日から無事芝居の幕は上がるのだろうか。加えて芝翫親子の舞踊公演も何公演かが中止となっている様だ。ただ大阪は松嶋屋が初日から暫く休演していたが、今は無事復帰して、中止にもならずに上演しているのは心強い。

 

少し上向いたとたんにまたこうなってしまう。コロナは先行きが全く見通せない状態だ。政府は、六十歳未満の人には、四回目のワクチンを接種する予定は今の所ないと発表している。行動制限はしないとの事でそれは有難くはあるが、ワクチン接種も行動制限もなしに過去最大の感染者となっている現状を打破できるのだろうか。筆者は素人なので、何とも云えないのが歯がゆいのだが・・・。團十郎襲名を控えた歌舞伎界の事が、心配でならない。

 

そんな中、ギリギリ中止にならないタイミングで、筆者は三部を観劇出来た。実にいい入りで、流石は「ナウシカ」と云ったところか。配役は菊之助クシャナ、米吉のナウシカ、右近のアスベル、莟玉のケチャ、吉之丞のクロトワ、橘太郎のミト、吉弥のトルメキアの王妃、権十郎のジル、萬次郎の城ババ、錦之助のチェルカ、彌十郎のユパ、又五郎のマニ僧正、丑之助の王蟲の精、加えて菊之助の愛娘知世ちゃんがナウシカの子供時代の役で歌舞伎座初出演。残念乍ら丑之助共々途中で病気休演となってしまった様で、容態が気にかかるところだ。

 

新橋の初演はチケットが取れず、観れなかった。流石の人気に舌を巻いたが、その後テレビでは観た。全体として、やはりこれは筆者的には歌舞伎ではない。今回は歌舞伎座での上演と云う事で途中竹本を入れたりして歌舞伎味を加えようとはしているが、それで歌舞伎になる訳でもない。SEが多く、和服を着ている訳でもない舞台面は、やはり現代劇にしか見えない。客入りがいいので興行としては今後も再演されて行くだろう。しかも今回は上の巻と銘打っているので、いずれ下の巻も上演されるはずだ。その時はチケットが取れれば筆者も観ると思う。しかしそれは現代劇を観に行く心づもりで観劇する事になるだろう。別に歌舞伎座で歌舞伎しか上演してはいけないと云う事はないのだから。

 

加えて筆者は元々宮崎物があまり好きではない。いかにも日本的リベラリストらしい民族共存・世界平和の押し付けが筆者の好みではないのだ。これは個人的な好き嫌いなので、まぁ仕方がない。一番好きな宮崎作品は『カリオストロの城』で、これは上記の紋切り型のリベラル主義が入っていないので、純粋に物語を堪能出来る。この『風の谷のナウシカ』は宮崎作品のその後の方向性を決定づけた作品であるが、主人公ナウシカの余りに楽天的な平和主義には鼻白む思いがして、魅力が感じられない。初演で演じてみて、菊之助も為所のない役だと思ったのだろう。今回は米吉をナウシカに当てて、自らはクシャナに回っている。

 

菊之助は全編科白回しを歌舞伎調で押し通しており、歌舞伎座での上演を意識している事が判る。クシャナナウシカと違い、人間的な権力欲や支配欲と云った煩悩を持っており、家族愛にも恵まれない苦悩や味方の裏切りといった場面に遭遇して懊悩するので、こちらの方がキャラクターとしては魅力的なのは間違いない。菊之助のクールな美貌はこの役に打ってつけであり、第三場迄登場しないとは云え、その存在感は劇中で群を抜いている。

 

その一方でタイトルにもなっているナウシカはやはり魅力が薄い。米吉は純粋で明るいキャラクターを好演してはいるが、やはり菊之助に比べて損な役回りと云えるだろう。ただ宙乗りがあるので、そこは流石に見物衆を大いに沸かせていたが。歌舞伎好き観点からすると、今回一番見応えがあったのは萬次郎・権十郎彌十郎・橘太郎とベテランの手練れが揃う第三場「風の谷場内広場の場」。この場は下手に竹本など入れなくても、この四人の芝居で歌舞伎度がグッと増す。やはり年季の入った歌舞伎芸は見事なものだと改めて思わせてくれた。

 

主要人物の中で初演から続けて演じた錦之助又五郎はニンでもあり、流石の芝居。筆者は初めて見た菊之助の愛娘知世ちゃんは可憐で愛らしく、播磨屋音羽屋の最強DNAを受け継いだ娘だけに、今後多方面で活躍してくれるのではないか。今から楽しみである。

 

色々文句を云ってしまった形になったが、やはり物語としては話しの途中で終わっている感は否めなかったので、下の巻の展開に期待したい。次は中止などならずに全公演が上演される事を、願ってやまない。