fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

五月大歌舞伎 第一部 右近・隼人・巳之助の『三人吉三巴白浪』、松緑・猿之助の『土蜘』

歌舞伎座一部を観劇したが、その感想を綴る前に、歌舞伎の話題ではないのだが、田村正和氏が亡くなった事に少し触れたい。私は個人的に日頃正和様とお呼びしていたので、ここでもそれで通す事にする。

 

正和様は、現代では希少な存在となった私生活を明かさない昔ながらのスターだった。一代の時代劇役者阪妻の三男として生まれ、木下恵介監督の『永遠の人』(名作です)で高峰秀子の死んでしまう息子役でデビュー。以後暫く低迷期はあったものの、時代劇、現代劇、二枚目、三枚目を問わず幅広い演技が出来る稀有の役者だった。

 

舞台も映画もやる人だったが、ご本人は「テレビ役者」とおっしゃっていた。テレビでの演技が一番性に合っていたのだろう。若い世代の人にとっては『古畑任三郎』なのだろうが、個人的に一番好きなドラマは『過ぎし日のセレナーデ』。鎌田敏夫の脚本で、古谷一行高橋恵子池上季実子黒木瞳野際陽子泉谷しげると役者も揃って出色のドラマだった。追悼で再放送される事を期待したい。

 

高麗屋播磨屋とほぼ同年配の正和様が亡くなったのは、ショックだった。こうなるとやはり播磨屋には無理はくれぐれもしないで貰いたいと思わずにはいられない。高麗屋はかなり苦しくはなっているが、曲がりなりにも弁慶をやりおおせる健康状態であるのは喜ばしい事だ。先日田中邦衛氏も亡くなり、名人と云える方々が次々といなくなっている現状は実に寂しい。正和様のご冥福を、心よりお祈り致します。

 

閑話休題

 

さてその一部の『三人吉三』だが、実に鮮烈な「大川端」いや、お嬢吉三だった。右近のお嬢、隼人のお坊、巳之助の和尚、莟玉のおとせと云う配役。莟玉以外の三人は初役と云う実に新鮮な舞台。始まる前はどうなる事かと少し心配していたのだがどうしてどうして。若手花形渾身の素晴らしい芝居だった。中でも出色だったのは、右近のお嬢だ。

 

花道を出て来たところ、若き日の大和屋を彷彿とさせる目の覚めるような美しさ。これが若女形の良さである。初役なので当然だろうが、おとせに話しかけて後ろを気にする所作も丁寧で、教わった事をきっちりとしている印象。舞台に廻ってのやり取りは、時間の関係か短縮されたショートバージョンだったのが少し残念。おとせの懐に手を入れて「その人魂より、この金玉」でガラリと男口調に変わる変わり目も実に鮮やか。右近は真女形ではなく立役もするので、ここの声は大和屋の様な女形がするのとは違い、完全な男声。多分音羽屋の指導を仰いだのではないだろうか。

 

そして例の「月も朧に 白魚の」の長科白。これがまた素晴らしい。筆者はかつて七五調の黙阿弥の科白廻しは、現代の若い役者にはもう無理なのかもしれないと書いたが、取り消します。初役とは思えない堂に入った科白廻しで、これが実に聴きごたえがある。ここは科白の内容などはどうでもよく、肚の必要なところでもない。右近はこの科白を見事な調子で謡い上げてくれる。この謡い調子をこの若さで出せる右近の力量は、大袈裟でなく驚嘆に値する。振袖姿の美しいお嬢様が、金を盗んだ挙句に相手を川に突き落とし、抜き身の刀を手に大川端に足をかけ、見得を切る。歌舞伎美に満ち溢れた、夜の闇の中に咲き誇る悪の華とも云うべき見事な場となっており、これは右近大手柄だ。

 

隼人のお坊もニンであり、お嬢と二人並んだところは若手花形らしい美しさに魅了される。ただ科白廻しは右近には及ばない。科白をしっかり云う事に気が行っているのだろう、科白の間がぶつぶつ空いて、謡い調子にはなっていない。ただ右近が素晴らし過ぎるだけで、初役としてはこれはこれで悪くはない。巳之助の和尚も兄い株らしい貫禄を備えており、立派な出来。ただ科白廻しには初役らしい力みが感じられた。これは慣れと共に解消されるだろう。兎に角右近が抜群の素晴らしさだったが、年齢も近い若手花形三人、芸格の揃いも良く、実に見事な『三人吉三』だった。

 

打ち出しは『土蜘』。松緑の土蜘、坂東亀蔵の保昌、福之助の綱、鷹之助の金時、左近の貞光、弘太郎の季武、新悟の胡蝶、猿之助の頼光と云う配役。『三人吉三』が鮮烈過ぎて印象としては損をしてしまったが、こちらもまた見事な出来。花形屈指の舞踊の名手松緑らしく、蜘の精らしいおどろおどろしたところを見事に表現する素晴らしい踊り。同い年で意識するところもあると思われる猿之助が頼光に回っている事もあり、その対抗意識がより舞台を白熱化させる。

 

猿之助の頼光は、この役らしい艶には少し欠けるが堂々たる位取りで松緑に対峙。新悟の胡蝶の舞いも若女形らしい所作と美しさで、敢えて役者を花形で揃えた一部の趣向を堪能させて貰った。大幹部の名人芸も無論いいが、花形が手一杯の芝居を見せてくれる芝居もこれまた良いものだ。次世代の劇団の中核を担うであろう若手花形全力投球が実に見事な第一部だった。