fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

團菊祭五月大歌舞伎 第一部 松緑・雀右衛門の「金閣寺」、魁春・新悟の『あやめ浴衣』

歌舞伎座一部を観劇。平日の昼だったので入りは少し寂しい印象。しかし芝居の内容は大変充実しており、今月の中では最も素晴らしいものだった。何と云っても雀右衛門が襲名以来六年ぶりに演じる雪姫の見事なこと!先代からの当たり役であり、近年大和屋が演じておらず、福助が倒れてしまって以降は雀右衛門の独壇場とも云うべき狂言だ。梅枝を始めとする若手花形が挑んではいるが、まだまだ雀右衛門には及ばない。それを改めて印象付けるものだった。

 

配役は雀右衛門の雪姫、松緑の大膳、愛之助の久吉、坂東亀蔵の軍平実は正清、左近の鬼藤太、吉弥の直信、福助の慶寿院。中では愛之助亀蔵・左近・吉弥が初役の様だ。松緑愛之助は先月に引き続いての共演。しかも役柄はがらっと変わっている。単純な色分けだが、先月の松緑は正義の味方で愛之助が悪役。それが今月は真逆になっているのが興味深い。

 

それにしても雀右衛門の雪姫の素晴らしさは何と表現すれば良いだろう。ご当人は筋書で「先代の魅力を少しでも再現出来れば」と云う趣旨の発言をしている。確かに先代マナーを忠実に再現している雪姫である。しかし上手屋台の障子が開いて姿を見せたところ、すこし俯いて憂いを感じさせる雪姫は先代よりむしろ古風な味わいがあるのだ。先代京屋は大正生まれの役者だったが、同時代の歌右衛門梅幸に比べ、より近代的な洗練を感じさせる女形だった。

 

しかし先代の息子である当代雀右衛門は、芸風がやや渋い事もあるが、醸し出される味が親父さんより古風なのだ。そしてその科白廻しも義太夫味がしっかりあり、その点では大和屋をさえ凌いでいるのではないかと思わせるものがある。夫への想いと大膳の難題との狭間で苦しむ心情表現も、完全に義太夫狂言のマナーに則ったものとなっており、この優は本当に令和の御代の現代人なのだろうかと、不思議に思うくらいだ。

 

去年観た魁春の「十種香」の八重垣姫もそうだったが、受け継いだものをきっちり演じ、一点一画も揺るがせにしない。これはやはり凄い芸なのだ。そしてこれまた先代以来の演出である、他の役者の時には見られない大量の桜が舞い散る中での「爪先鼠」。歌舞伎の様式美もここに極まったかと思わせる美しさと圧倒的な迫力。そして縛められている制限の中で、夫を想う必死の心情が降り積もる桜の花びらの様に舞台に溢れかえる。何とか縄を解きたい、その為に「技は先祖に劣るとも」祈る様な思いで爪先で鼠を描き、そして「吃又」の様な奇跡が起きる。縄が解け、久吉に早く夫に逢いに船岡山へ行く様促され、心は急きながらも花道で刀に自らの顔を映して髪形を気にする素振りがいじらしい。誰が考えたのか実にいい演出だ。

 

当代これ程の女形芸は他にあるだろうか。勿論「金閣寺」の作自体が、各役が揃った実に歌舞伎らしい名狂言であると云う事も大きい。しかし雀右衛門の雪姫に比する女形芸と云うと何があるか。大和屋の『鷺娘』は本当に素晴らしい。しかしもう踊り納めてしまっている。時蔵の「十六夜清心」、確かに素晴らしい。しかしこれは清心役者とのイキが合ったればこそと云う部分がある。この雪姫には、大膳役者が誰であろうとその魅力は変らないだろうと思わせるものがある。やはりこれは現代では他に比すべき物がない国宝級の女形芸と云えるのではないか。

 

もう一方の主役である松緑の大膳は、前回児太郎の雪姫相手に勤めた時より長足の進歩を見せている。この役を高麗屋に教わったと云う松緑は筋書で「前回は消化しきれなかった部分があり、背伸びしすぎていた」と発言していた。確かにその通りで、今回は役が板に付いている。義太夫味こそまだ薄口だが、この「国崩し」の大役が嵌る大きさを身に着け始めている様だ。勿論高麗屋に比べるとまだ径庭がある。これは演じこんで行くしかなかろう。しかし松緑特有の科白廻しの癖も抑えられており、これは今後この優の持ち役になる可能性があるのではないか。芝翫が河内山を、海老蔵俊寛を、獅童が富樫と権太を、名人高麗屋に教わっている。松緑も含め、しっかりその至芸を受け継いで行って欲しいものだ。

 

その他脇では、左近の鬼藤太は顔の小ささと線の細さは身体的な物で是非もないが、科白廻しは意外と云っては失礼だがしっかりしていた。松緑の薫陶宜しきを得ているが故だろう。愛之助の久吉は実に立派な捌き役ぶりで、とても初役とは思えない見事な出来。吉弥の直信は流石の風情。加えて慶寿院を勤めた福助が、以前より科白がしっかりして来ており、病から回復してきているのが感じられる。まだ右半身は不自由の様だが、延期になっている歌右衛門襲名をぜひ実現させて貰いたいと思う。

 

打ち出しは長唄舞踊『あやめ浴衣』。魁春の芸者、鷹之資の船頭、歌之助の水売り、玉太郎の町娘、新悟のあやめ売りと云う配役。大ベテラン魁春を若手花形が取り囲んで踊る。魁春が筋書で「デサートを味わう様な感覚で」と云っていた通り、重厚な義太夫狂言の後にこう云う軽い舞踊は実に後味が良い。小手先の技巧より風情で魅せる魁春と、若々しい所作の新悟との対比が面白く、鷹之資が若い乍らも鯔背な味を出していて秀逸。時間にして十五分程の小品だが、気分良く観られた舞踊だった。

 

いい取り合わせの狂言二題が並んだ素晴らしい歌舞伎座第一部だった。来月はいよいよ染五郎歌舞伎座で主役を勤める。これは後々記念すべき公演になるのではないか。楽しみである。