fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

大阪松竹座 壽初春大歌舞伎 幸四郎・愛之助・壱太郎の『九十九折』、鴈治郎・扇雀の「酒屋」

行こうか見送ろうか迷っていた大阪松竹座の新春公演。しかしその評判の良さに、矢も楯もたまらず駆けつけてしまった。時間と財政の関係上、夜の部を断念して昼の部のみ。その感想を綴る。

 

幕開きは大森痴雪 作『九十九折』。45年ぶりの上演だと云う。当然筆者は初めて観る狂言。痴雪 が初代鴈治郎に当て書きしたものらしい。せつなくいい芝居で、今までどうして上演されなかったのだろう。史実にある「安政の大獄」で、その標的となった水戸藩に木谷屋が金子を融通した。それを幕府に睨まれ、その咎を手代清七が一身に背負って店を逐電していた。その清七が帰って来るところから始まる。

 

白鸚と離れ単身大阪に乗り込んだ幸四郎の清七、愛之助の力蔵、壱太郎がお秀・雛勇の二役、橘三郎の作左衛門、猿弥の久七、松江の新造、彌十郎の仙右衛門と云う配役。それぞれがいちいちニンに合っていて、実にいい座組だった。

 

清七が5年ぶりにお店に帰って来ると、かつて恋仲だった主家の娘お秀は作左衛門の甥新造を婿に取って店を継がせる事が決まっている。その事態に驚く清七だが、情理を弁えた主人仙右衛門に諭されると、手切れの三百両を懐に黙って主家を後にする。その姿を見て心配した手代の久七が後を追い、酒を呑ませて慰める。千鳥足で歩いている清七の前に、お秀瓜二つの芸者雛勇が現れる。結局この雛勇の家に居候する事になる清七だが、雛勇の気持ちを疑っており、心は晴れない。やはり雛勇には間夫の力蔵があり、三百両が目当てだった。

 

金を投げつけ縋る雛勇を突き飛ばして出て行こうとする清七。三人が揉み合いになる中、力蔵が雛勇を斬ってしまい、その力蔵を清七が斬り殺してしまう。斬られた二人が仰向けに重なり刀を持って清七が決まったところは、凄惨な場面ながら歌舞伎的な美しさに溢れており、実に見事だった。

 

幸四郎の清七、愛之助の力蔵は共にニン。主家の為とは思いながら、お秀を思い切れず破滅して行く男を、等身大で見事に演じた幸四郎愛之助は所謂色悪の役どころで、去年南座での伊右衛門を想起させる所もあり、色気と悪の効いた力蔵。そして壱太郎が、家の為に心ならずも婿を取るも、清七を想い続けるお秀と、その清七を騙して金を取ろうとする悪女の雛勇を演じ分けている。お秀は芸風通りだと思うが、雛勇は今までの壱太郎にはなかった人物像だと思う。また一つ芸境が進んだのではないだろうか。上方の貴重な若手花形女形。この優の双肩に、上方歌舞伎の将来がかかっていると云っては過言だろうか。今後益々の精進を期待したい。

 

続いて『大津絵道成寺』。黙阿弥作の変化舞踊。筆者はこれも初めて観る狂言愛之助が藤娘・鷹匠・座頭・船頭・鬼の五役を踊り分ける。途中早替りなどのケレンもあり、実に華やか。特に座頭の滑稽味、そして幸四郎の五郎と対峙した鬼の力感は見事。正月らしい肩の凝らない舞踊で、悲劇的な二狂言に挟まれた清涼剤の様な味で、こちらも楽しめた。

 

そして打ち出しに『艶容女舞衣』から「酒屋」。山城屋の休演で、扇雀がお園と三勝を兼ねて大奮闘。鴈治郎が半七と宗岸の二役、寿治郎のおさよ、橘三郎の半兵衛と云う配役。これも実に結構な出来であった。

 

お園と云う女房がありながら、女芸人三勝に入れあげ娘までもうけている半七。しかしお園は、自分が至らないせいで半七は三勝のところから戻らないのだと半七を庇う。そのお園を思う父宗岸と、あんな極道な息子は勘当したと言い張る半七の父半兵衛。しかし半兵衛も着物の下は、間違いから人を殺めた半七の身替りとして代官所の命令で縄に縛られている。それを宗岸に指摘され、実は息子の命を一日でも助けたい一心だと打ち明ける。この芝居が実にいい。鴈治郎の宗岸は必ずしもニンではないが、情理を弁えた立派な父親像を創出。そしてその心に打たれて本心を吐露する一徹者の半兵衛を演じた橘三郎も、情味と義太夫味に溢れた素晴らしい半兵衛。寿治郎のおさよも併せて、腕達者が揃った見事な場となった。

 

続く有名なお園のくどきは、竹本に乗って扇雀が見事な芸を見せてくれる。動きとしては、山城屋よりもリアルでその分現代的だが、その所作一つ一つに夫半七を想う真情が溢れている。しかも竹本と見事にシンクロしてこれぞ上方狂言とも云うべき見事なくどき。ここで筆者は思わず目頭が熱くなった。この味は東京の役者には中々出せない。福助が元気なら・・・とは思うが、大和屋や七之助が演じるところは想像もつかない。先の壱太郎といい、上方女形ここにありを充分に見せて貰った感じだ。

 

鴈治郎のもう一役半七はニンでもあり実に見事。何度も手掛けていると思って流石だなと感心していたら、筋書きを読むと初役とあった。これは絶対当たり役になるだろう。山城屋休演で兼ねる事になった扇雀の三勝共々、素晴らしかった。最後我が子に一目会いたいと云う三勝を半七が窘め、死を決意した二人が手を取り合って花道に入る。正月に相応しい狂言かどうかはともかく、上方ならではの本当に見事な出来の義太夫狂言だった。

 

狂言とも見応えがあり、大阪遠征した甲斐があった。七月大歌舞伎にはまた来たいと思っている。今月は歌舞伎座昼夜を観劇予定。松嶋屋三兄弟に、大和屋、音羽屋と揃う大舞台が楽しみだ。