京都に所用があって行ったので、ついでと云う訳ではないが万博で賑わう大阪に足を伸ばし、松竹座にて万博開催記念公演を観劇。新作中心で筆者的に特別興味をそそる狂言立てではなかったが、若手花形が奮闘しており、中々楽しめる内容であった。入りとしては筆者が観劇した日は一部の入りが今一つではあったものの、二部・三部は満員に近い盛況。芝居としても判りやすく、その分肚のある狂言はなかったが、外国客や初めて歌舞伎をご覧になる方にはうってつけの狂言立てであったと思う。
第一部の幕開きは『今昔歌舞伎草紙』。藤間宗家勘十郎振付による日本舞踊。青虎の口上の後に前半は花柳杏子・藤間勘松音・藤間勘知恵らによる日本舞踊家四十名以上出演の豪華な踊り。「三番叟」や「阿国歌舞伎」などを日本舞踊家が次々と踊る。客席も目一杯使って実に華やか。続いて扇雀の伊左衛門、虎之介の太鼓持、壱太郎の夕霧で「吉田屋」となり、最後は鴈治郎・愛之助・中車による「お祭り」となる。扇雀・壱太郎は流石上方役者らしいこってりとした味わいで実に結構。還暦をとうに過ぎている鴈治郎が、愛之助・中車相手に豪快な毛振りを披露。愛之助にとって毛振りは当然の様にお手の物であろう。筆者は中車の毛振りは初めて観たが、中々どうして立派なものであった。
一部の最期は『夢窓西遊記』。ご存じ「西遊記」を元にした新作。ただ設定を安土桃山時代の日本に置き換えてある。常磐津と竹本の掛け合いによる舞踊劇だ。配役は橋之助の孫悟空、福之助の猪八戒、歌之助の沙悟浄、笑三郎の大天狗、笑也の茶々実は九尾の狐、亀鶴の脈々丸、愛之助の三蔵法師。成駒屋三兄弟がそろい踏みで大奮闘を見せてくれる狂言だ。新作なので当然の様に皆初役だが、愛之助は以前歌舞伎以外の芝居で孫悟空を演じた経験がある様だ。
時代設定が安土桃山なので太閤秀吉が覇権を握っていた時代である。秀吉の猿と孫悟空をひっかけており、孫悟空が太閤として日本を平定し、大坂城の主となっていると云う設定。茶々実は九尾の狐に誑かされて、悪人となってしまっている。このままでは日本は滅びてしまうと猪八戒・沙悟浄が九尾の狐を倒すべく立ち上がる。大立ち回りの末猪八戒・沙悟浄は捕らわれるが、三蔵法師が現れ孫悟空にかけられていた魔法が解け、悟空は善人に立ち返る。しかし全ては悟空の夢であったと云うオチとなる。
内容はまぁ荒唐無稽ではあるのだが、竹本がしっかり入って意外にも(?)本格的な歌舞伎の作りとなっている。大立ち回りもある新作なので、若手花形にはうってつけの狂言である。橋之助の孫悟空が主役ではあるが、福之助の猪八戒、歌之助の沙悟浄にも同等の出番があり、成駒屋三兄弟の為の芝居と云っていい。三人とも動きにキレがあり、科白回しもしっかりしていて、主役を演じる喜びが客席にも伝わって来る。愛之助の三蔵法師は顔見世程度だが、最後に万博のキャラクターミャクミャクを模した亀鶴の脈々丸が現れて存在感を示していた。今回の公演で亀鶴の出番はこの一役のみだが、おいしい役であったと思う。
第二部は『千夜一夜譚』。皆さんご存じの「アラジンと魔法のランプ」を元にした新作で、先の日本舞踊同様藤間勘十郎が演出・振付をしている。配役は虎之介の安羅仁、壱太郎の茉莉花姫、福之助の呀狗吏部、歌之助の普弖磨、青虎の父王、笑三郎の指輪の精、笑也の咲薔薇王妃、猿弥の洋燈の魔神、中車の摩狗吏部、扇雀の安羅仁の母、鴈治郎が洋燈の魔人と紗武利矢王の二役。中では鴈治郎の魔人が圧倒的な存在感を発揮していた。
こちらも竹本が入っていいるものの、音楽が生でない場も多く、科白廻しも現代調で「西遊記」に比べて歌舞伎味は薄い。話しの中心は安羅仁と茉莉花姫の恋物語である。虎之介の安羅仁は真っ直ぐな性格が虎之介のニンにも適って芝居としては悪くない。しかし作りが作りなのでどこまで行っても歌舞伎芝居ではない。まぁ敢えてそうしていないのだとは思うが。そこへ行くと壱太郎と扇雀は歌舞伎役者と云う味わいがこう云う芝居でもしっかり漂っており、歌舞伎味の薄い狂言ではあるが、この二人の芝居が歌舞伎好きへのアリバイ証明の様な役割を担っていると云っていい。
脇では猿弥の洋燈の魔神がこの優らしい愛嬌たっぷりの芝居で、流石の出来。笑三郎の指輪の精とコンビを組んでいる様な役割であるが、両優とも芸達者なところを見せてくれている。笑也の咲薔薇王妃も王妃らしい立派な位取りで、澤瀉屋を支える三人の存在感はこう云う芝居でも見事であった。最後は出演者うち揃っての総踊りで華々しく幕締めとなったのは、藤間宗家の勘十郎らしい演出であったと思う。
三部は「鯉つかみ」。元は大正時代に初演された『湧昇水鯉滝』だが、演者によって色々変えられて上演されている。当代では幸四郎と愛之助が演じているが、この愛之助バージョンは幸四郎とは全く違う演出である。昭和四十年代に当代我當が本水を使用して上演し、愛之助はその我當から教えを受けたと云う。筆者は今のところ観劇する機会が残念乍らないのだが、愛之助が毎年出演している「出石永楽館」で初演して、今回で七回目との事。早替わりで十一役を勤めると云う愛之助大奮闘狂言。配役は愛之助が志賀之助・鯉の精・秀郷・大百足・金鯉・鮒五郎・瀬田平・広継・清晴・漣・左衛門の十一役、壱太郎の小桜姫、猿弥の鯉王、吉弥の呉竹、中車の公光。中では猿弥と中車が初役の様だ。
全体としては「序幕」・「二幕」・「大詰」の三部構成になっている。十一役の早替りは「序幕」と「二幕」に集中しており、「大詰」は本水を使った大立ち回りがメインである。話しの主題は釣家に伝わるお家の重宝龍神丸に纏わるストーリーだが、早替りあり、宙乗りあり、本水使用の大立ち回りありとケレン味たっぷりの派手な演出なので、スートーリーはまぁどうでも良い感じとなり、役者が自分の芸を見せると云う事が眼目となる如何にも歌舞伎らしい狂言である。
前半の早替りは何度も演じているだけに鮮やかなものである。立ち回りの中で早替りを見せるので、斬る側も斬られる側も愛之助だから大忙し。何度も観ている歌舞伎あるある演出だが、何度観てもやはり楽しい。十一役の中でも志賀之助の愛之助はニンでもあり、色気滴る見事な二枚目ぶり。そしてこの志賀之助に恋する壱太郎の小桜姫がまた素晴らしく、クドキのこってりとした艶っぽさは、改めて上方役者であるこの優の実力を見せつけるものだ。今の女形界は大和屋をトップとして雀右衛門・萬壽がいると云う構成だが、これからの令和歌舞伎界は七之助をトップとして時蔵と壱太郎が並び立つと云う形になるのではないだろうか。今回の公演で、歌舞伎芝居的に最も見応えがあったのは、この場の壱太郎であった。
最後の宙乗りからの本水を使った大立ち回りは、水を客席迄派手に飛ばし乍ら愛之助が大奮闘。これを連日やるのだから、若く見えるが五十歳を超えた愛之助にはかなりの負担であろうと推察する。しかし見物衆は大いに沸いていて、これも歌舞伎の一つの魅力であるので、初めて観た人の中にもリピーターになってくれる方が出てくれるのではないだろうか。その他脇では中車の公光が歌舞伎らしい科白回しと描線の太さで、初役とは思えぬ出来。一部の毛振りといい、中車は本当に歌舞伎役者らしくなった。猿之助不在が続く澤瀉屋だが、猿之助の復帰がかなう迄は、しっかり中車が牽引して行ってくれる事であろう。
先にも記したが肚のいる芝居はなかったものの、愛之助のエンターテイナーぶりには改めて感心させられた。歌舞伎座では中々実現しない座組であったので、新鮮な歌舞伎観劇となった。今月はこの後歌舞伎座で音羽屋の襲名披露を観劇予定。伝え聞くところによると大盛り上がりの様なので、実に楽しみである。