fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

新橋演舞場 愛之助・松也・中車の『流白浪燦星』

新橋演舞場で新作歌舞伎『流白浪燦星』を観劇。ルパンの変わらぬ人気に加え、愛之助以下、今旬の役者が揃った事もあるだろうが満員の盛況。芝居の途中で千壽が客席に向かって「今日初めて歌舞伎をご覧になった人は手を挙げて下さい」と云うと、かなりの人の手が挙がっていた。新しいお客を取り込もうとする松竹の目論見は、まず成功したと云っていいだろう。

 

しかしルパンが歌舞伎になるとは思ってもいなかった。筆者も子供の頃、夢中になってアニメ版を観たものだった。しかも竹本も入ってかなり本格的な歌舞伎化を目指したもの。筆者的にこれが歌舞伎なのかと云えば微妙なところではあるが、こう云う新作を作っていく事も必要であろう。配役は愛之助ルパン三世、松也の石川五ェ門笑三郎次元大介、笑也の峰不二子、中車の銭形警部、右近が糸里と伊都之大王の二役、鷹之資の長須登美衛門、寿猿の牢名主九十三郎、猿弥の唐句麗屋銀座衛門、彌十郎の真柴久吉。時代設定を本物の五右衛門が実在した安土桃山時代にしている。

 

内容は原作にない完全なオリジナルストーリー。ルパンと次元は「卑弥呼の金印」と云うお宝を狙っている。その封印を解くには雄龍丸と雌龍丸と云う二本の宝剣が必要なのだが、雄龍丸を手に入れたルパンは五ェ門が所持している雌龍丸を狙う。一方天下統一を果たした久吉は世界制覇を企み、その為に「卑弥呼の金印」を手に入れようと画策している。そこに相変わらずルパン逮捕に執念を燃やす銭形警部が絡み、物語は展開していく。二本の宝剣で封印を解ける唯一の人物である傾城糸里と五ェ門の恋模様もあり、途中だんまりや本水を使った大立ち回りありと、派手な演出。

 

最後は「稲瀬川」を模した四人男と一人女の勢揃いで幕となる。これを観ていて、遥か昔の記憶が蘇って来た。TV版のアニメにもこの五人の勢揃いの場面があった。当時は子供だったので何の事だか判らずに観ていたのだが、今から思うと歌舞伎愛好家だったと云うモンキーパンチらしいシーンであったのだ。それを今回の脚本で取り上げたのは、中々良い趣向だった。お約束の「不二子ちゃ~ん」や「ルパン、逮捕だ~」などの科白もあり、元を知っている人間にとってはニヤリとさせられる場面も多い。内容は荒唐無稽だが、それもまた歌舞伎らしいと云えば云えるだろう。

 

愛之助のルパンは、大立ち回りなどはあるものの、意外に為所のない役。勿論出番は多いし、一番目立ちはするが、特に肚もいらない役。愛之助の口調はアニメ原作ファンを意識しての事だろう、科白廻しが歌舞伎調ではなく声優の山田康雄調。見物衆には大受けだったので、これはこれで良かったのかもしれない。中車の銭形警部は嵌まり役、出演者の中で一番ニンであったと思う。次元役の笑三郎は、云われても笑三郎と判らない位、普段と違ういで立ち。本来女形の役者がやっているので当然だろうが、ニンでない役で少々気の毒ではあった。しかし芝居自体はしっかりしており、そこは流石笑三郎と云ったところ。因みにこちらは次元の声優小林清志に寄せ様とはしていなかった。まぁあの声は真似出来ないでしょうが。

 

笑也の不二子は流石の美貌で、芝居としてもルパンを翻弄するキャラクターをきっちりこの優らしく演じてまずは見事。ただオリジナル不二子のむせ返る様な色気とは違っていたが。松也の五ェ門はオリジナルのキャラクターに寄せると云うより、松也のニンを生かした芝居。この優らしい艶っぽさと立ち回りで見せるキレのある所作とで、こちらも良い出来。しかし何と云っても今回の役者の中で一番光っていたのは、糸里と伊都之大王の二役をこなした右近である。

 

他の役者が(勿論演出だろうが)敢えて歌舞伎調の芝居をしていない中で、右近だけが本格歌舞伎の芝居をしている。傾城糸里の太夫らしい科白廻しとその艶っぽさ。加えて松の位の太夫職の貫禄もたっぷり。目の覚める様な素晴らしいだ。もう一役の伊都之大王も、これがあの糸里を演じた同じ役者かと思うばかりの公家悪ぶり。古典の入鹿や時平の様な大きさと手強さを出しており、科白廻しもたっぷりとした歌舞伎調で、古典ファンに対するアリバイ証明の様な役割を一手に担っていた。先月の「三社祭」に引き続き、今月の右近も実に見事であった。兼ねる役者として、この優の前途には洋々たるものがあると云って良いだろう。

 

原作ファン、歌舞伎ファン双方にとって楽しめる作りを目指した演出の『流白浪燦星』。人気を受けて追加公演も決まった様だ。果し合いをする敵対関係であったルパンと五ェ門が、今後はコンビを組んで行く事を約して幕となったのは原作の通り。これは間違いなく続編が作られるだろう。今後もオリジナルストーリーで行くのか、「カリオストロ」などを取り上げるのか、展開が楽しみなルパンの歌舞伎化作品であった。