fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

歌舞伎座 八月納涼歌舞伎 第一部 獅童・七之助の『裸道中』、勘九郎・幸四郎・扇雀の『大江山酒呑童子』

納涼歌舞伎の一部を観劇。猿之助不在乍ら、ほぼ満員の入り。中でも幸四郎は三部全てに出演する大車輪の活躍で、猿之助の穴を埋めるべく奮闘していた。この酷暑の中、齢五十を超えて若くはない幸四郎、体力的にも厳しいものがあるであろう。身体にだけはくれぐれも気をつけて頑張って貰いたいと、心から思う次第。

 

幕開きは『裸道中』。昭和を代表する劇作家長谷川伸の弟子谷屋充の作で、元は新国劇。それを初めて歌舞伎化した狂言だ。次郎長物は、講談や浪曲のネタの宝庫。筆者的には何と云っても広沢虎造で耳馴染みがある。今回はその数多い次郎長物の中の所謂「名古屋の御難」の部分の話。これから次郎長女房お蝶が死に、名高い「お蝶の焼香場」へと繋がって行く。広沢虎造浪曲では、次郎長や勝五郎と並んて、森の石松が大活躍するのだが、この狂言では石松は出てこない。出て来る子分は清水の二十八人衆の内で、大政・小政・法印大五郎・豚松と云った面々だ。配役は獅童の勝五郎、七之助のおみき、男女蔵の大政、橋之助の小政、虎之介の大五郎、光の豚松、吉之丞の久六、高麗蔵のお蝶、彌十郎の次郎長。初歌舞伎化狂言なので、当然全員初役だ。

 

獅童はどう云う事情があるのか、ここ数年殆ど歌舞伎座に出なかった。出なかったのか出して貰えなかったのかは判らないが、今年は十月にも出演が予定されており、猿之助がああ云う事になったので、獅童に頼るしかなくなったのだろうか。何せ高麗屋成田屋の襲名にも口上を除き、出演はなかったくらいなのだ。成田屋は兎も角、高麗屋には幡随院長兵衛を始めとした色々な役の指導を仰いでいるくらいなので、仲が悪い訳はない。不思議な話だ。

 

その獅童が五年ぶりに納涼歌舞伎に帰ってきた、それも主演で。嬉しい限りだ。七年前に『権左と助十』でやはり女房役を勤めた七之助とのタッグだ。この二人のイキが実にいい。通常の世話物と少し違う感じだが、それは原作が新国劇のせいかもしれない。貧乏暮らしを嘆いての喧嘩も微笑ましいし、恩義がある次郎長一行をもてなす為に女房に買い出しを云いつける場での、次郎長に見えない様に手を合わせる獅童勝五郎が実にいい味を出している。

 

結局やりくりがつかず、次郎長達の服を質に入れた元手で博打を打つが、すられてすっからかん。必ず博打に勝つと見得をはった後に舞台が暗転し、明るくなるとそこには身ぐるみ剝がされた勝五郎の姿。ここは見物衆にも大受けで、実に面白い演出。次郎長が出てきて、もてなすと云いながら服を質に入れた勝五郎は許せないから手討ちにすると云う。覚悟を決めた勝五郎が威儀を正すと、横っ面を張り倒して「つまらねぇ見得を張るな」と諭し、一行は裸のまま旅立って行く。清々しい幕切れで、気持ちよく観られた狂言。脇では彌十郎の次郎長が流石の貫禄で、目に残る出来であった。

 

打ち出しは『大江山酒呑童子』。先代勘三郎に当て書きされた松羽目物。よって中村屋以外の役者で演じた者はいない。完全に中村屋家の芸だ。勘九郎酒呑童子幸四郎の保昌、巳之助の綱、橋之助の公時、虎之介の貞光、染五郎の季武、児太郎のわらび、新吾のなでしこ、七之助の若狭、扇雀の頼光と云う配役。父勘三郎は二度しか勤めていない役で、今回の勘九郎は三度目。父に負けていられないと云う気概に溢れた舞台だった。

 

名前の通り童子、子供と云う設定なので、童心をしっかり表現しなくてはならない役。その意味で勘九郎童子は実に上手い。すっぽんから出てきたところから、その愛嬌のある姿に子供らしさが溢れている。長唄に乗った所作も良く、ふっと天を見上げる時の表情も、不惑を過ぎた大人の役者とは思えない童心が感じられる。これがあるから後ジテの鬼神がぐっと引き立つのだ。その鬼神が、力感に溢れた凄みがありながらも、どこか愛嬌の様なものが漂う。そこが同じ変化物でも『土蜘』などとは違うところ。あくまで童心を持った鬼なのだ。あの後ジテの所作で童心をそこはかとなく感じさせられる勘九郎の力量は、見事なもの。親父譲りの素晴らしい酒吞童子だった。

 

脇では扇雀の頼光が気品溢れる所作と、見事な位取りで流石の出来。この優の義経が観てみたいものだ。そして幸四郎の保昌がこれまた素晴らしい。花道を一人出て来たところの形の良さに加え、一人武者としての気迫も感じさせる。その佇まいだけで、魅了される稀有な役者だ。立ち回りでも舞踊の名手らしいキレのある動きで、大勢の中でもひと際目立つ。今月の幸四郎は三部全てに出演してその全てが初役。先月のブログで少し触れたが、限られたレパートリーに磨きをかける團十郎と、父譲りで何でもこなす幸四郎との往き方の違いが、鮮明に顕れている。四天王では巳之助がやはり一頭地抜けた出来。よく通る科白廻しと踊りで鍛えた所作は、見応え充分であった。

 

新作に松羽目と云う取り合わせの歌舞伎座一部。夏なので、重くならなくて結構な狂言立てであったと思う。残る二部・三部は、観劇後また改めて。