fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

八月納涼歌舞伎 第一部 幸四郎・勘九郎の『安政奇聞佃夜嵐』、猿之助・團子の『浮世風呂』

歌舞伎座二部を観劇。入りは一部とほぼほぼ同じくらいだったろうか。まん延防止法などが出されていた時期にはかなり寒い入りの時もあったが、最近はそう云う事はなくなった。入りが悪くても素晴らしい舞台に幾つか立ち会えたが、やはり入りはいいに越した事はない。何と云っても歌舞伎と云う芝居は、舞台と客席が一体となって作り上げるものだと思うので。しかしまたぞろ拡大しているコロナが歌舞伎座を直撃している。感染する役者が相次ぎ、各部とも中止日が出ている状況だ。そんな中だが幸い筆者が観た日は無事上演された。コロナ以降の歌舞伎座を、中心になって支えて来たと云っても差し支えない幸四郎猿之助が揃った第二部。二演目とも実に結構な出来であった。

 

幕開きは『安政奇聞佃夜嵐』。三十五年ぶりの上演で、筆者は初めて観る狂言。希代の興行師十二世守田勘彌の原作で、六代目菊五郎と初代吉右衛門が初演した出し物らしい。今回は二人の曾孫である幸四郎勘九郎での上演。泉下の六代目と大播磨も喜んでいるのではないだろうか。しかもその出来も、流石名人二人直系の役者だけの事はあると思わせる見事なものだった。幸四郎の貞次郎、勘九郎の玄蔵、米吉のおさよ、隼人の清次、猿弥の亀次郎、玉太郎の半次郎、由次郎の与兵衛、萬次郎のお米、彌十郎の義兵衛と云う配役。中では由次郎の元気な姿が久しぶりに観れたのが嬉しかった。

 

寄場である佃島から島抜けした悪党の貞次郎と玄蔵が、奪った金を山分けにしてそれぞれ別々の道を行く。貞次郎は親の仇を討ちたいと故郷の甲府に向かう。甲府にも島抜けした罪人の知らせが届いており、笛吹川の渡し守義兵衛に罪人召し取り迄舟を出さない様にとお達しがある。そこに貞次郎がやって来て、舟を出して欲しいと頼む。しかし義兵衛はそれを拒む。そこへ清次が現れて貞次郎を殺そうとする。義兵衛と力を合わせて清次を倒す貞次郎。その清次の今わの際の言葉で、貞次郎の父を殺したのが玄蔵である事が判明する。義兵衛には娘のおさよと病に苦しむ孫のお民がいる。医者を探して外出していたおさよが戻り、貞次郎が夫である事が判る。娘への情に絆され、義兵衛は舟を出して貞次郎を落とす。そして武田の埋蔵金を運びだそうとしている玄蔵の所に貞次郎が現れ斬り合うが、捕手によって二人共御用になると云う筋だ。

 

かなりご都合主義的な筋立てだが、まぁ歌舞伎ではよくある事。しかし何より幸四郎勘九郎、二人の芝居の上手さが光る。世話の味がしっかり出せており、ことに序幕「佃島寄場飯焚場」における幸四郎は悪党らしさが科白に滲んで凄みがあり、実に見事。一転見せ場の一つである「島抜け」の場面では幸四郎勘九郎の二人が持つ愛嬌に思わずニヤリとさせられる滑稽味があり、これまた結構。この味をたくまずして自然に出せているのがいい。

 

当初はどちらかと云うと勘九郎の玄蔵の方が弟分的であり、水を怖がるなど頼りなく三枚目的な人物像である。しかし大詰になると一転、貞次郎以上の悪党ぶりでその変り目を鮮やかに見せている勘九郎の力量は、感嘆の他はない。幸四郎は逆に序幕では悪党の凄みを効かせているが、女房・子供への情味に溢れ、人間らしい面が濃厚に表れて来る後段の芝居にコクがあり、近年の充実ぶりを改めて見せつけてくれている。殊に「義兵衛住居場」の、竹本に乗った彌十郎扮する義兵衛との『佐倉義民伝』を想起させる舟出しの芝居は二人共大熱演で、ここがこの芝居最大の見せ場だった。

 

脇では「御船蔵前の飯屋」における萬次郎が絶品とも云うべき素晴らしさ。この優はたとえ短い出番でも、その芝居にしっかり自分の爪痕を遺せる役者。いかにも飯屋の女房と云った風情があり、世話の味がたまらなくいい。本物の蕎麦をたぐる幸四郎勘九郎とのやり取りはイキも合い、見事としか云い様がない。今の歌舞伎界において、実に貴重な存在だと思う。こう云う脇がいいので芝居の隅々にまで血が通う事になるのだ。前述の通り彌十郎も素晴らしく、全員初役とは思えない見事な出来の狂言となっていた。

 

打ち出しは『浮世風呂』。澤瀉十種の内で、代々の猿之助がほぼ独占的に演じている舞踊だ。猿之助の三吉、團子のなめくじと云う配役。猿之助が五年程前に種之助のなめくじを相手に演じた時も見事だったが、今回もその時以上の素晴らしさ。何よりこの舞踊は猿之助のニンに合っている。きっちり踊る幸四郎松緑と違い、自然に自分流に崩して踊る猿之助の舞踊はこの三吉にぴったりと嵌る。実に軽く、柔らかなその踊りは観ているこちらが浮き浮きして踊り出したくなるくらいだ。

 

團子もあまり経験のない女形だが、なめくじ的な柔らかさを出せている。三吉に塩をふりかけられてすっぽんで消えて行く趣向も面白い。二十分程の短い舞踊だが、打ち出し狂言として実に味が良い。やはり舞踊で〆る狂言立ては筆者の好みに合う。殊に幸四郎松緑菊之助、そして猿之助と云った花形世代は華もあり、身体も充分に動くので、舞踊に於いては正に見ごろの年代を迎えていると云っていいだろう。これからもこの優達の舞踊は大注目だと思う。

 

今月は残る三部と大和屋がお岩様を演じる南座を観劇予定。どうか無事幕が上がります様に。