fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

九月花形歌舞伎 愛之助・七之助・中車の『東海道四谷怪談』

京都南座公演九月花形歌舞伎『東海道四谷怪談』を観劇。その感想を綴る。

 

関西では実に26年ぶりと云う「四谷怪談」。愛之助伊右衛門、中車の権兵衛、七之助がお岩・与茂七・小平の三役をこなすと云う配役。大和屋が監修でついている。色々問題はあったが、総体的に筆者はとても面白く観劇出来た。

 

まず良かったのは七之助のお岩だ。筋書きで七之助がお岩の事を、ピュアで哀れな女性と云っていたが、正にその通りのお岩になっていた。最も良かったのはクライマックスの二幕「元の伊右衛門浪宅の場」。例の髪梳きの場面だ。ここでの七之助は、夫に騙された無念さ故の凄まじい妄念をその指先の僅かな震えで表現し、外の暑さを忘れさせる素晴らしい芝居を見せている。しかしその面貌は醜く変貌してはいるのだが、色気も充分にあり、初役とは思えない見事なお岩を演じてくれていた。

 

お岩は父勘三郎も演じていて、絶品とも云うべきものだったが、勘三郎は基本立役。七之助女形である自らの特徴を良く把握していて、凄惨な場面でも漂う色気は女形ならではのもの。これは当たり役になると確信した。ただ問題がなくはない。髪梳きの前の場で、按摩の宅悦との二人芝居になり、伊右衛門に脅された宅悦がお岩を口説く場面。ここは科白のやり取りがメインになるのだが、あまり動きがない場で千次郎の宅悦が喰い足りないせいもあり、場がもたない。これからの課題だろう。

 

立役の他の二役与茂七と小平は、お岩に比べれば見劣りがする。小平はともかく、与茂七はこの芝居の中では正義のヒーロー。だが七之助は線が細く、きっぱりしない。ここはやはり父勘三郎の素晴らしさが恋しくなる。七之助女形である弱点が出てきてしまった。もう一段の精進に期待したい。

 

愛之助伊右衛門はニンにも合った正に適役。色悪の典型的な役だが、色気、悪の凄み共申し分のない出来。元々芝居の上手い優だけに、序幕「浅草観音額堂の場」も、勘之丞の左門が不出来だったにも関わらず、それに引き摺られる事なく手堅い出来。二幕「雑司ヶ谷四ッ谷町伊右衛門浪宅の場」での子供の泣き声に苛立ち、産後の肥立ちが悪いお岩に辛く当たるところの酷薄さ、申し分ない。

 

この伊右衛門と云う男は主体性がなく、男はいいのだが要するに行き当たりばったりな人間。宅悦にお岩を預けてさっさと逃げ出しておきながら、帰ってお岩が死んでいるとその罪を小平になすりつけて殺し、例の戸板返しになる。お岩が死んでこれ幸いとお梅と枕を交わすのだが、お岩の亡霊にとり憑かれお梅を殺してしまう。このあたりの悪人でありながら、小心なところも愛之助は実に上手く芝居にしている。大手柄だったと思う。

 

中車の権兵衛もいい。序幕「浅草観音額堂の場」での壱太郎のお袖を口説くところなども、役者歴30年で積み重ねた技術と、身体に世話の味が入ってきた最近の成果を存分に見せてくれる。ただ歌舞伎特有の、会話の最後でぐっと気を変える科白のあたりがもう少し、本当にもう少しなのだ。ここらがしっかり歌舞伎の科白らしくなれば、この優は素晴らしい世話物の役者になれる。期待したいと思う。

 

脇では歌女之丞、萬次郎は流石に手堅い出来。亀蔵が舞台番の役で、幕開きと大詰「蛇山庵室の場」の前に幕外に出てきて、状況説明を芝居風に聞かせる。今回は「三角屋敷」が出なかったので、その説明は確かに必要だった。いつの間にか権兵衛が死んでしまっているのだから。省略の場を上手く繋ぐ、いい工夫だったと思う。

 

色々注文もつけたが、花形全力投球のいい芝居だった。脇が人材不足で、宅悦や左門の弱さが気にはなったが、主力を歌舞伎座に取られている状況では是非もない。主役三人はそのままで、今度は歌舞伎座で観てみたい、そう思わせる「四谷怪談」だった。

 

今月はこの後歌舞伎座の昼の部及び、弁慶の幸四郎バージョンがある夜の部を観劇予定。感想はまた別項にて。