fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

八月納涼歌舞伎 第一部 幸四郎・七之助の『伽羅先代萩』

八月納涼歌舞伎第一部の感想を綴る。

 

義太夫狂言の名作中の名作『伽羅先代萩』に、幸四郎七之助が挑んだ。幸四郎の仁木・八汐、七之助の政岡、児太郎の沖の井、扇雀の栄御前、巳之助の男之助と云う配役。完全に令和新時代を睨んだキャスティングだ。幸四郎の八汐、七之助・児太郎・扇雀・巳之助がいずれも初役。どうなるものかと思っていたが、これが素晴らしかった。

 

まず七之助の政岡が初役と思えない出来。しかも「飯炊き」付きだ。女形最高峰の至難の大役だが、見事にやり遂げてくれた。大体誰がやっても「飯炊き」は動きも少なく、ダレずに演じるのは難しい場面。だが今回ここが実にいいのだ。

 

「飯炊き」の手順に追われている感がない。茶道のお点前に則ってご飯を炊くだけのシーンなのだが、背中越しに幼君と息子がいると云う肚がしっかりある。それが客席からも判る。子役二人が甥っ子だったと云うのも大きいかもしれない。知らず知らずの内に、肉親の情愛が出て来るのではないか。

 

そして八汐に我が子千松を目の前で刺殺されながら、鶴千代を護って身じろぎもしないその凛とした姿勢もいい。そこがいいから、我が子の死骸と二人きりになった後の慟哭が生きる。遺骸を抱きかかえて御殿に上がり「千松!」と我が子に呼びかけて泣き崩れる場面では、筆者も堪えきれずに涙。本当に初役とは思えない見事な政岡だった。

 

それを受けての幸四郎の八汐がまたいい。当代の八汐役者と云えば何と云っても松嶋屋だが、松嶋屋は何度も勤めた余裕からか、実に憎体な中にも何とも云えない愛嬌、悪役らしい愛嬌が滲むのだが、初役の幸四郎にその余裕はない。ないだけにしっかり丁寧に演じており、憎々しさをしっかり出していて、流石と思わせる出来だった。

 

そしてもう一役の仁木弾正。これがまた素晴らしい。幸四郎の仁木は去年の博多座での襲名で「伊達の十役」で観ていて見事な出来だったが、今回の「先代萩」の仁木もそれに劣らない。すっぽんからせり上がってきたところ、巨悪の太々しさ、おどろおどろしたところをしっかり出している。科白がほとんどない役なので、役者の身体で見せなければならない仁木。本来幸四郎のニンではないと思うのだが、襲名以降進境著しい幸四郎には、ニンなど関係なかった。花道を引き揚げる仁木の相貌は、お父っつあんの白鸚を思わせて、普段この親子の顔はそんなに似ているとは思っていなかったのだが、やはり血だなぁと思わせられた。

 

脇では扇雀の栄御前が見事な位取りと、憎々しさを出しており、児太郎の沖の井も政岡よりも位上位にある品格をしっかり見せていて、共にいい出来。そして巳之助の男之助が声も良く通り、力感もある素晴らしい男之助。三人とも初役とは思えない見事な出来。令和の時代にも、素晴らしい丸本が観れると確信させてくれる「先代萩」だった。

 

打ち出し狂言は『闇梅百物語』。河竹新七 の舞踊劇だが、これはあまり面白味がなかった。虎之介の新造はまだ歌舞伎役者の形になっていないし、彌十郎も大内義弘はともかく、狸はコスプレっぽくて、ふざけている様に見える。ただその中で、「枯野原の場」で幸四郎が出てくると、今までの場の雰囲気が一変する。きっぱりとした実にいい形で、この優の踊りはやはりモノが違う。虎之介にはこの幸四郎をじっくりと見て精進して欲しいと思う。

 

丸本から新作迄、バラエティに富んだ内容で、たっぷり堪能出来た八月。来月は秀山祭、京都南座を観劇予定。古典をじっくり味わいたいと思う。