fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

歌舞伎町大歌舞伎 虎之介・鶴松の『正札附根元草摺』、中村屋親子の『流星』、七之助の『福叶神恋噺』

日本一の歓楽街である歌舞伎町に、芝居の王たる歌舞伎が乗り込んだ歴史的公演。近年全く歌舞伎町に行っていない筆者としては、結構様変わりしたなぁ、と云う印象。歌舞伎町タワーなる物を見るのも初めて。その六階にあるTHEATER MILANO-Za。普段は現代劇やミュージカルが上演されているらしい。それだけに中々観やすい劇場。ただ花道はなく、役者は客席通路を花道に見立てて演じていた。目の前を役者が頻繁に通るので、見物衆は大喜びであったが。小屋としては今後も歌舞伎上演の可能性はあるだろう。ただ花道をしっかり使う狂言は難しい。人気者中村屋兄弟出演とあって、大入り満員の盛況であった。

 

幕開きは『正札附根元草摺』。所謂「曽我物」の長唄舞踊。今回は朝比奈ではなく、妹舞鶴がいきり立つ五郎を制止する役回り。配役は虎之介の五郎、鶴松の舞鶴。二人とも無論初役。この舞踊は近年若手花形が演じている印象がある。その意味で中村屋兄弟ではなく、虎之介・鶴松が踊るのも自然な流れなのかもしれない。二百年以上前に作られた古風な長唄舞踊に若手花形二人が挑むと云う形となった。

 

逆澤瀉の鎧を引っ提げて勇壮な踊りを見せる荒事系の五郎は、本来的には虎之介のニンではない。しかし今回筆者は、虎之介の舞踊の技量が目覚ましく進歩している事に驚かされた。実にきっちり五郎になっているのだ。小柄な虎之介だが、相方の鶴松もまた小柄なので、バランスは取れている。線の細さはあるものの、如何にも前髪立ちの五郎らしい若々しい荒事舞踊になっており、まずは申し分のない出来。鶴松は芸風的に女形が合うと筆者は以前から思っているが、その意味で五郎と力比べをする力感には欠ける。しかし美しく実に可憐で、二人並んだ形は若手花形らしい歌舞伎美が横溢している。幕開きに相応しい見事な舞踊劇であった。

 

そのまま舞台は次の『流星』に移る。勘九郎勘太郎・長三郎の親子による清元舞踊。今回は大御所延寿太夫が付き合う豪華版。見物衆からも「延寿太夫!」と云う大向うがかかる。実にいい雰囲気だ。この狂言は正月に浅草でも観たが、その時はカットされていた牽牛と織姫の舞踊がある。今回は勘太郎の牽牛、長三郎の織姫。二歳差のある中村屋兄弟。やはりこの年齢での二歳差は大きい。勘太郎は年齢に似合わぬ大人びた踊りを見せてくれている。長三郎は手順を追うのに精一杯な感じだが、今はこれで良い。真面目にきっちり取り組んでいるのが判り、好感が持てる。

 

勘九郎の流星は流石の技量。夫婦・子供・婆と云った性格の異なる人物五役を実に鮮やかに踊り分ける。この舞踊に相応しい軽さがあり、殊に夫婦喧嘩の件の人物描写はこの優の舞踊技術の高さを見せつけて余りあるもの。今子供二人にこの踊りの素晴らしさが分るかどうかは疑問だが、しっかり目に焼き付けておいて欲しいと思う。代々踊り上手な家である中村屋勘太郎・長三郎にもその技術が引き継がれて行く事を期待したい。

 

打ち出しは『福叶神恋噺』。衝撃的な自殺と云う形で生涯を閉じた亡き桂枝雀小佐田定雄が書き下ろした新作上方落語「貧乏神」の歌舞伎化だ。小佐田・枝雀は名コンビで、幾つもの傑作落語を創出してきた。中で筆者は「雨乞い源兵衛」が大好きなのだが、これはかなりお笑いに特化された作品なので、その意味では今回の「貧乏神」の方が歌舞伎化し易くはあると思う。中村屋兄弟は以前やはり落語の歌舞伎化である『廓噺山名屋浦里』を初演した際にも小佐田定男に脚本を依頼しており、今回もその流れなのだと思う。

 

配役は七之助の貧乏神おびん、虎之介の辰五郎、鶴松のおみつ、山左衛門の九兵衛、勘九郎の貧乏神すかんぴん。勘九郎のすかんぴんは特にストーリーに絡む訳ではないので、完全に七之助と虎之介の芝居である。落語の方では貧乏神は男なのだが、今回は女の設定にして、辰五郎との恋愛模様を絡めているのが独自の色合い。他の役者達も新作は演じるが、落語の歌舞伎化は現在中村屋の専売特許の感がある。『芝浜革財布』や『文七元結』、『らくだ』など、落語の歌舞伎化作品は数多い。他の役者連にも、取り組んで欲しいジャンルだ。まずは講談の歌舞伎化に挑んでいる松緑あたりがチャレンジしてみては如何であろうか。

 

筋立てとしては、腕のいい職人なのだか怠け者で、女房にも逃げられ、妹にも愛想をつかされた辰五郎に憑りついた貧乏神が、その余りの怠惰ぶりを見かねて出て来る。貧乏神は人に憑りついて、働くその養分を吸って生きているので、憑りついた人間が働いてくれないと困るのだ。結局辰五郎は働かず、おびんが働いて辰五郎の面倒をみると云う主客逆転の話しになる。ここがこの噺のミソとなっている。

 

いい感じの世話物に仕立てられており、歌舞伎座で演じても違和感のない出来。中では七之助が愛嬌たっぷりな世話女房ぶりで、初演乍ら流石に上手い。虎之介の辰五郎は筋書で自ら「僕に寄せて書いてくださったのかなと思った」と語っている様に、ニンである。無論勘九郎が演じた方がより雰囲気は出るとは思うが、怠け者だがどこか憎めない辰五郎を、虎之介なりにしっかり勤めている。去年『天守物語』で七之助の相方を勤めた時には流石に手に余る感じであったが、今回の方が虎之介の芸風にも叶い、遥かに良い出来。

 

脇では、山左衛門も長屋の世話好きな大家を手堅く演じて世話の味を醸し出す事に貢献している。鶴松のおみつも、愛想を尽かしたと云い乍ら兄の事が気になる下町娘を好演。分かり易い筋立てで、歌舞伎を初めて観るお客を念頭に置いた作りとなっており、歌舞伎入門にはうってつけの狂言であったと思う。ここから何とか歌舞伎座に観客を引っ張って行きたいと云う、中村屋兄弟の思いが感じられる芝居であった。

 

最後は歌舞伎座では観られないカーテンコールがあり、出演役者が客席に深々のお辞儀をして幕となった。見物衆の反応も良く、初めての歌舞伎町大歌舞伎、まずは大成功であったのではないだろうか。先に記した様に花道がないので上演演目を選ぶ劇場ではあるが、今後も歌舞伎公演を続けて行って欲しいものだ。何と云っても歌舞伎座よりリーズナブルなので(笑)。少し意外に思ったのは、大名題が出ていないのにも関わらず、大歌舞伎と銘打っていた事。歌舞伎座なら多分、花形歌舞伎となっていたと思う。まぁ観る方としては、関係のない事ではあるけれど。今月の歌舞伎座は「團菊祭」。その感想は観劇後、また改めて。