fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

三月大歌舞伎 第二部松嶋屋の「熊谷陣屋」、音羽屋の「直侍」

今月の最後、当代の大看板が二人揃った大一座、二部の感想を綴りたい。

 

前の記事でも書いたが、一部・三部に比べて突出した手応えのある狂言が並んだ第二部。全ての部がこんなだったら、それはもう大変な事になるが、ともあれ非常にこの二部は充実していた。まず幕開きは「熊谷陣屋」。松嶋屋の熊谷、錦之助義経、孝太郎の相模、坂東亀蔵の軍次、門之助の藤の方、松之助の景高、歌六の弥陀六と云う配役。藤の方と軍次以外は、昨年師走の南座の顔見世をそのまま持ってきた座組。

 

歌舞伎座松嶋屋が熊谷を演じるのは十六年ぶりの様だ。正に幕切れの科白ではないが、「十六年は一昔」の感。その間に高麗屋播磨屋はそれぞれ四回ずつ演じている。確かに当代の熊谷と云うとこの二人と云う印象が強い。だがそこは松嶋屋、前記二人とはまた肌触りの異なる熊谷を造形して見せてくれた。

 

何と云っても松嶋屋の熊谷の特徴は「情の人」であると云う事だ。人間熊谷と云い替えても良い。花道の出から相模と藤の方を前に敦盛の最期を語る「軍物語」迄、高麗屋播磨屋の様な大きさはない。この二人だとその骨太な描線と、濃厚な義太夫味で大きな云わばスーパーマンの様な熊谷を造形してみせる。例えば花道の出。ここは普通墓参帰りの熊谷が、我知らず数珠をすっと取り出してそれが僅かに刀に当たり、ハッと我に返って数珠を袂に入れて決まる。しかし松嶋屋は違う。花道で決まる前に、数珠を握りしめて天に向かって亡き我が子を偲び拝む。微かに震える姿には父としての情愛と、人間らしさが滲む。

 

舞台での相模と藤の方を前にした物語でも、扇子をかざして「おーい、おーい」が手強さよりも二人に対する気遣いの様なテイストがあり、非常に情深い味わい。この場は、例えば播磨屋だと地鳴りのこどき底響きのする様な調子で、手強さが全面に出る。しかし今回の松嶋屋は相模や藤の方に気遣いながら敦盛(実は小次郎)最期の模様を語る、と云った調子になっている。そこに「情の人」たる今回の熊谷の特色が出る。そしてまた独特だったのは義経を前にした首実検。首を見た相模が驚き、藤の方が駆け寄って来るのを制札で抑えての「お騒ぎあるな」。ここで騒がれては全てが水泡に帰すと云う思いは誰がやっても同じだが、松嶋屋は相模と義経を交互に見乍ら制札で相模を制する。熊谷にとってはここが切所で、義経を非常に気にしているのが強く表現されており、他の誰とも違う独特の行き方だ。

 

首桶から首を取り出して義経に見せる所も、他の人の様にグッと差し出す様な事はせず、膝の上に置いて義経から若干距離を置いた形で見せる。主人に首をグッと押し付ける様にして見せるのは非礼と考えているかの様だ。そう、情の人熊谷は主の義経に対しても満腔たる思いを持っているのだ。松嶋屋も筋書きで「見逃してならないのは大将(義経)への思い」と語っている。

 

義経に「敦盛の首に相違ない」と云われて、相模に首を渡す。ここも首を抱きしめて万感の思いを見せた後、他の人の様に首を舞台上に置くのではなく、直接相模に手渡す。ここにも父として、夫としての熊谷の情が滲み、涙を誘う場になっている。最後は髷を切り落として僧形になった熊谷が、墨染めの姿で陣屋を去る。花道で「夢であったなぁ」と崩れ落ちるが、陣太鼓を聞いてハッとなる。武将としての血が騒ぐ一瞬だ。しかしフッと我に返り、そう自分は世を捨てた身なのだと思い返して花道を引っ込む。ここも実に上手い。最後迄松嶋屋ならではの工夫が随所に見られた素晴らしい熊谷だった。

 

孝太郎の相模も、襖が開いての出から、我が子を案じる母の思いが滲みながら、女が来るべき場所でない陣屋に来てしまった心細さ、後ろめたさが見事に表現されている。我が子の首を抱きしめての嘆きも、その哀しみが舞台一杯に広がる熱演で、父松嶋屋を向こうに回しておさおさ見劣りのしない見事な相模。錦之助義経歌六の弥陀六も共にニンで、とりわけ歌六左團次と並ぶ当代の逸品。役者が揃った最高の「陣屋」だった。

 

続いて打ち出しは「直侍」。音羽屋の直次郎、時蔵の三千歳、團蔵の丑松、東蔵の丈賀、橘太郎の仁八と云う配役。劇団お馴染みの役者が揃った、当代の「直侍」。直次郎花道の出では、流石に八十近い音羽屋。脂気が若干落ちて往年の色気はないものの、雪で覚束ない足元を気にするその足取り、追われる身である事をさり気なく見せる辺りを見回す素振り、する事に間違いがあろうはずもない。

 

蕎麦屋に入っての芝居も微に入り細に入り、実に細かい。猪口に浮かんだ塵を箸で取るところ、丈賀の話しを聞こうとして衝立に隠れるところ、手紙を書くからと蕎麦屋の女将に筆と紙を無心し、使い古した筆を舐めて筆先を整えるところ、こう云う細かな芝居が世話物の味だ。

 

雪道での丑松にかける「達者でいろよ」の科白も情のあるところが滲む。「大口屋の寮」での音羽屋糟糠の妻時蔵の三千歳との浄瑠璃に乗った見事な所作事。する事はいつも同じだが、そこに積み重ねた芸の年輪が自然と出てくる。捕手に追われて花道に駆け込んでの「もうこの世では逢わねえぞ」の幕切れ迄、名人芸をたっぷり堪能させて貰った。劇団の世話物は、正に歌舞伎観劇の醍醐味と云っていいだろう。時蔵東蔵共間然とするところのない見事な出来で、こい云う芝居こそ次代に継承して行くのが難しいのではないかと思ってしまう。芝翫幸四郎松緑菊之助あたりには、音羽屋の元気な内にしっかりこの芸を受け継いで行って欲しいものだ。

 

来月は久々に歌舞伎座高麗屋の『勧進帳』がかかる。きっと素晴らしい舞台になるだろう。今から楽しみでならない。しかしこの二部が清寿太夫がコロナに感染して二日間程中止になったりしている。清寿太夫の無事と、来月は何事もなく舞台の幕が開く様にと、祈るばかりだ。