fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

国立劇場十月公演 『通し狂言 天竺徳兵衛韓噺』芝翫の徳兵衛

国立劇場の十月公演を観劇。その感想を綴る。

 

国立劇場では20年ぶりの通し狂言との事。芝翫が徳兵衛・徳市・左衛門を兼ねる。又五郎の掃部、東蔵の夕浪、彌十郎が宗観と政元を兼ねて、橋之助の桂之介 、高麗蔵が葛城、歌昇が時五郎と鹿蔵を兼ねると云う配役。歌舞伎座御園座、新橋と今月は全国で四公演がかかっており、方々に人を取られて多少地味な印象の役者陣。その分成功の如何は芝翫にかかっていると云う事になるが、これが中々面白い芝居になった。

 

序幕は筋を通すだけの場で、さしたる盛り上がりもない。しかし続く「吉岡宗観邸の場」で、アイヌの民族衣装「厚司」を纏った芝翫の徳兵衛が花道から出て来ると、さーっと舞台に灯りが射した様になる。その愛嬌、その大きさ、正に座頭の貫禄だ。舞台に廻って「異国話」の長科白も、素晴らしい。琉球を振り出しにハワイからクイーンエリザベス号に乗って天竺を回るスケールの大きさ(笑)。美ら海水族館ラグビーW杯の話しも飛び出し、途中で芝翫襲名の御礼迄申し述べるサービスぶり。満場大いに沸いていた。

 

この場の後半では、宝剣紛失の責任を取り彌十郎の宗観が切腹。今わの際に徳兵衛は自らの倅である事を告白し、「蝦蟇の妖術」を授ける。その妖術を使っての「屋台崩し」の大スペクタクルは見せ場だが、期待していた程の効果は感じられず、やや肩透かし気味だった。

 

続く「裏手水門の場」では捕手に囲まれた徳兵衛が、幕外で披露する「水中六法」が見せ場。立ち回りのみの短い場だが、この六法が豪快で力感に溢れ、実に素晴らしい。最近TVの「ノーサイドゲーム」で悪役を演じていた芝翫だが、ここは歌舞伎役者としての大きさを見せつける見事な六法だった。

 

大詰「梅津掃部館の場」では、芝翫二役目の按摩徳市が登場。上手く世話の雰囲気を出してはいるが、さしたる見せ場がある訳ではない。素晴らしいのはこの後。徳市が贋按摩である事を彌十郎の政元に見破られ、泉水に飛び込む。そして早替りで花道から登場するこれまた贋の上使である芝翫の斯波左衛門。これが三役の中でもニンに合い、一番の出来。

 

左衛門は贋ではあるが、上使としての立派な位取りを見せつつ、しかもその古風な役者顔は、まるで錦絵から抜け出たかの様。太ぶととして大きく、科白回しも呂の声が底響きするかの様な素晴らしさ。改めて芝翫の歌舞伎役者としての恵まれた資質を感じさせる。彌十郎の政元と二人揃ったところは、両優とも体格が立派で、役者ぶりが大きい。又五郎の掃部と政元が上使とは偽り、真は徳兵衛であろうと詰め寄るイキもいい。

 

最後は宝剣「浪切丸」は桂之介の元に戻り、後日の再会を約し舞台中央で徳兵衛が決まって幕。今年は一体どうしたのかと訝しく思う程歌舞伎座への出演がない芝翫が、そのうっぷんを晴らすかの様な気迫の大舞台。やはりこの優は今の花形世代にはない大きさを持っている。その底力を改めて感じさせてくれる素晴らしい狂言だった。

 

脇では彌十郎又五郎が流石の技量で、舞台をしっかり締めていた。橋之助の桂之介 もニンに合い、中々の前髪役者ぶり。これから徳兵衛が出来る役者にどう成長して行くか、楽しみだ。

 

芝翫は去年の同じ国立での俊寛も見事だったが、今年も素晴らしい舞台だった。やはりこの優は座頭役者。もっと歌舞伎座で観たいものだ。ただ今年は来月の『関三奴』で演じ納めの様だ。来年の楽しみとしておこう。

 

今月はこの後歌舞伎座昼の部を観劇予定。その感想はまた改めて綴る事にする。