fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

今月の歌舞伎観劇は・・・

三月は東京でかかっている全7公演のチケットを全ておさえていました。しかし世界中で猛威をふるっているコロナのせいで、全公演が中止となってしまいました。

 

歌舞伎をまるまる一ヶ月観劇しないのは、一体いつ以来でしょうか・・・無念です。

 

明治座中村屋、国立の菊之助による「千本桜」の通し、歌舞伎座昼の部「薄雪」の播磨屋松嶋屋の大顔合わせ、夜の部高麗屋親子の「沼津」、全てが幻と消えました。加えて来月予約していた、高麗屋襲名披露の掉尾を飾るはずだった金比羅歌舞伎も早々に中止が発表になりました。

 

この調子ですと、四月の新橋もダメでしょう。そして五月からは歌舞伎界のみに留まらない国民的慶事團十郎襲名があります。これだけは何としても・・・祈るしか出来ないのが歯がゆいです。

 

経済の落ち込みも酷く、日銀による株式市場への追加緩和が発表されましたが、まだ足りないと云うのが私見です。更なる追加緩和を期待したいです。加えて経済政策も必須です。現金支給が報道されていますが、今の時期に現金を給付しても、箪笥に直行でしょう。補正予算と減税のパッケージが一番だと愚考します。現内閣の英断に期待したいところです。

 

とにかくコロナ予防には最新の注意を払い、歌舞伎のみならず、全てのイベントが滞りなく行われる日の一日も早からん事を願います。五輪は多分延期でしょうが・・・この延期による日本全体への影響も心配ですね。

 

来月もこんな感じでしょうが、とにかく團十郎襲名だけは、これだけはと云う気持ちであります。。。

新橋演舞場 松竹新喜劇公演 『家族はつらいよ』、『駕籠や捕物帳』(写真)

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先月、松竹新喜劇を観て来ました。ポスターです。

 

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お土産を買ってしまいました。

 

渋谷天外が頑固オヤジを演じていい味でした。高田次郎は前田能登守と強盗・赤鞘主水の二役を演じて、若々しいところを見せてくれました。入りも良かったですね。今月はコロナで大変な事になっています。私がチケットを押さえていた歌舞伎座も中止になりました。月の後半から再開される事を、切に願っています。。。

 

二月大歌舞伎 昼の部 松嶋屋の菅丞相

歌舞伎座昼の部を観劇。その感想を綴る。

 

今月の歌舞伎座は、十三世仁左衛門二十七回忌追善興行。中でも生涯三度しか演じていないにも関わらず、「神品」と称された菅丞相を三男の当代松嶋屋が演じる。二十七回忌の興行が行われていると云う事実が、十三世が名優であった事の証左であるが、当代松嶋屋兄弟がその追善興行が打てるだけの役者である事が、十三世にとっては何よりの供養だろう。

 

幕開きは「加茂堤」。勘九郎の桜丸、孝太郎の八重、米吉の斎世親王、千之助の苅屋姫、橘三郎の清行と云う配役。これが実に結構な「加茂堤」だった。何と云っても勘九郎の桜丸が絶品。この役は女形がやる事も多い柔らか味が必要な役。とは云え桜丸はあくまで男。なよなよしてはいけない。その点勘九郎は柔らかいが、所作にしっかり芯がある。加えて前髪若衆の軽さと気品を兼ね備え、まず文句のつけ様のない出来。

 

孝太郎の八重も世話女房の味と色気を醸し出し、勘九郎との芸格も揃って実にいい八重。久々に観る米吉の立役斎世親王と千之助の苅屋姫が揃ったところは錦絵から抜け出た様な美しさ。橘三郎の清行も熟練の味で舞台を盛り上げ、長閑な春を先取りした様ないい狂言だった。

 

続いて「筆法伝授」の場。松嶋屋の菅丞相、秀太郎の園生の前、梅玉の源蔵、時蔵の戸浪、橘太郎の左中弁、橋之助の梅王丸、秀調の水無瀬と云う配役。当然の事ながら、こちらも流石の出来。松嶋屋の素晴らしさは云うまでもないが、秀太郎梅玉時蔵と皆本役。加えて橘太郎の左中弁が、もうこう云う役をやらせたらこの優の右に出る者はいないと云う名品。前回の歌舞伎座に続いて二度目の様だが、静かな場面が続く中で、場を賑やかに盛り上げる実に軽妙な芝居だった。

 

松嶋屋の丞相様の素晴らしさは引き続いての「道明寺」でも述べるが、その気品、その佇まい、その科白回し、これぞ丞相様である。師を裏切った左中弁に討ちかかる梅王丸を押しとどめての「七生までも勘当ぞ」のイキ、その調子の見事な事。素晴らしいと云う言葉も陳腐に聞こえる。加えて橋之助初役の梅王丸が、きびきびした所作と、父芝翫を思わせる科白回しで、確実に成長しているところを見せてくれたのも頼もしかった。

 

打ち出しはクライマックス「道明寺」の場。この役を勤める期間中、精進潔斎して臨んでいると云う松嶋屋の菅丞相、大和屋の覚寿、芝翫の輝国、孝太郎の立田の前、歌六の兵衛、彌十郎の太郎、勘九郎の宅内、千之助の苅屋姫と云う配役。中で健闘が光ったのが、女形はほぼ初めてと云う千之助の苅屋姫。父孝太郎に徹底的に仕込まれたのだろう。赤姫らしい所作も良く、科白回しもしっかりしており、「加茂堤」から引き続いて初役らしからぬ立派な苅屋姫だった。まだまだ蕾とは云え、祖父松嶋屋譲りの美貌は紛れもない。父孝太郎同様、女形が向いているのではないかと思う。ご当人は祖父の知盛に憧れていると云う発言をしてはいたが。

 

歌舞伎で一番大事なのは、出と引っ込みとよく云うが、松嶋屋の丞相様は出が全てだと思う。その姿が現れた時、正にそこに丞相様がいる!と思わせられるのだ。これは演技云々と云うレベルの話しではない。松嶋屋も筋書きで「演技と云うものが通じない役」と語っていたが、本当にその通りだろう。とにかく内面から醸し出される物で、それ故にこその精進潔斎であったろうし、事前に天満宮に参拝し、姿を映させて頂く事をお許し願ったと云うのもまた然りなのだ。十三世の丞相様は「神品」と称えられたと云うが、当代松嶋屋もこれぞ令和の「神品」。これほどの丞相様をこの先再び観る事は叶うだろうか。よく大名跡で後進が遠慮して留め名になる事があるが、それこそこの丞相様は留め役になってしまうのではないだろうか。余人をもって代え難しとはこの事だろうと思う。

 

大和屋の珍しい老け役覚寿もまた素晴らしい。義太夫味はそれほどでもないが、甥丞相様没落の原因となった我が子苅屋姫を折檻する凛とした強さ、しかし内心は我が子を愛しており、丞相様に折檻を止められると涙ながらに感謝する母心をしっとりと表現して、正に当代の覚寿。芝翫の輝国もこの優らしい骨太さと義太夫味があり、初役とは思えない見事な出来。松嶋屋と花道で揃ったところも引けを取らない大きさで、立派な輝国だった。孝太郎・歌六彌十郎と役者が揃って、正に絶後ではないかと思わせる「道明寺」だった。

 

泉下の十三世も、この丞相様には舌を巻いただろう。大満足の昼の部だった。来月は高麗屋親子の「沼津」が出る。白鸚の平作は思いもしなかった配役たが、今から楽しみでならない。昼の部は播磨屋松嶋屋が揃う『新薄雪物語』。こちらも大変な舞台になるだろう。

 

 

 

 

 

 

令和2年2月文楽公演 国立小劇場(写真)

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国立小劇場の文楽公演第3部に行って来ました。ポスターです。

 

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五月公演。これも良さそうです。

 

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三月歌舞伎公演。これはマストですね。ABCともチケット抑えました。

 

太夫の襲名公演だったのですが、二部には行けず三部を観劇。久々の呂太夫、良かったですねぇ。『傾城恋飛脚』を語り終わった途端「大当たり!」の大向こう。確かに素晴らしかったです。『鳴響安宅新関』は歌舞伎とはまた違った味わいで楽しめました。太夫と三味線方が七人ずつ並んだ姿は壮観でしたね。

 

二月大歌舞伎 夜の部 我當の『八陣守護城』、大和屋と勘九郎の『羽衣』、音羽屋の『人情噺文七元結』、秀太郎・梅玉の『道行故郷の初雪』

歌舞伎座夜の部を観劇。その感想を綴る。

 

幕開きは『八陣守護城』。筆者は初めて観る狂言。まずは我當歌舞伎座復帰を祝いたい。襲名の口上を除けば、我當歌舞伎座に出るのはいつ以来だろう。去年の七月、我當が大阪松竹に出ると聞き、たまらず駆けつけたが、まさか歌舞伎座で観られるとは。父十三世の追善興行なので、無理を押してもと云うところだろう。松竹座での「日招ぎの清盛」同様、役者の風情で見せる狂言。やはり右半身は動かない様だが、その姿が観れるだけで嬉しい。最後我當の正清が船上で決まったところは、流石に役者ぶりが大きい。福助同様、無理のない範囲でその舞台姿を見せて欲しいものだ。

 

続いて『羽衣』。大和屋の天女、勘九郎の伯竜と云うコンビ。この二人は以前『二人椀久』を踊った事があり、その時も実にいいコンビと思ったが、今回もやはりいい。大和屋の天女は流石に天下一品。去年の『二人静』などもそうだったが、こう云う人間でない役を演じる時の大和屋は、本当にこの世の者とは思われない幻想味と云うか幽玄美を漂わせて、絶品。対する勘九郎もこの大和屋に位負けしていないところは天晴れ。若いながら、踊りの上手い優。七之助とばかりでなく、大和屋始め他の女形との舞踊ももっと見せて欲しいものだ。

 

お次は『人情噺文七元結』。音羽屋の長兵衛、糟糠の妻時蔵がお駒に回って、お兼が雀右衛門左團次の清兵衛、梅枝の文七、亀蔵甚八團蔵の藤助、莟玉のお久、梅玉の伊兵衛、音羽屋の愛孫眞秀君のお豆と云う配役。劇団に梅玉雀右衛門が加わった座組。その代わりに楽善三兄弟と彦三郎兄弟が出ていない。しかしその練り上げたアンサンブルはお見事の一言。

 

音羽屋の世話物当たり狂言は数多いが、この「文七元結」は歌舞伎座さよなら公演でも演じた十八番中の十八番。今回も非の打ちどころがない。役者でも芸術家でも、一度自分のスタイルを作り上げると、一生をその進化に捧げるタイプと、次々新しいものに挑みスタイルを変化させて行くタイプがあると思う。画家で云うとピカソ、音楽家だとマイルス・デイヴィスが後者に当たるだろう。役者で云うと当代白鸚は後者に属し、音羽屋は典型的な前者タイプ。これは優劣の問題でなく、その人の生き方によるもの。そして近年、その練り上げた世話物芸を披歴し続ける音羽屋は本当に素晴らしい。

 

基本する事に変わりはない。しかし一段と彫が深くなっている印象。ことに身投げしようとする文七に、娘お久が身売りして工面した五十両を投げ与える場面。金を握りしめて天に向かって「お久すまねぇ」の気持ちを表すところなどは、長兵衛の思いが震える両手にこもり、真に迫って実に素晴らしい。二幕目「元の長兵衛内の場」で、家主甚八が和泉屋清兵衛に文七とお久の婚礼の取りまとめの話しをしている間、鳶頭伊兵衛との「この度は世話をかけたね」と聞こえない位の小声でやり取りをしているそのさり気ない芝居にも世話の味が漂い、何とも云えず粋な空気感が広がる。

 

脇では初役の雀右衛門のお兼の、いかにも職人の古女房と云った風情と、何より娘を思う親心に溢れ、コミカルな味も交えながら実に結構な出来。15年ぶりと云う時蔵のお駒も、長兵衛に意見するその貫禄と、大店の女将らしい仇な雰囲気が素晴らしい。左團次團蔵梅玉と芸達者が揃って、実に見事な「文七元結」だった。

 

打ち出しは『道行故郷の初雪』。こちらも十三世仁左衛門の追善狂言秀太郎の梅川、梅玉の忠兵衛、松緑の万才と云う配役。「新口村」を清元の舞踊仕立てにした狂言。こちらも筆者は初めて観た。これも実にいい。

 

近年「盛綱」の微妙や、「加賀鳶」のお兼と云った年かさの役回りが多かった秀太郎だが、今回は梅川。こう云う若い役は、4年前国立での顔世御前以来ではないか。八十近い秀太郎だがどうしてどうして、実に若々しく、艶もある梅川。菰を取って顔を出したところ、その美しさに目を瞠った。相手役は永遠の二枚目役者・梅玉。二人揃ったところは錦絵の美しさ。そして実に瑞々しい。死出の道行を手を取り合って歩く二人の哀れさも一入感じさせ、古希を過ぎた二人の役者がこれほど艶やかな舞踊を見せてくれるところが、歌舞伎芸の素晴らしさ。松緑演じる万才の剽げた味もこの悲劇の中でいいアクセントになっており、延寿太夫以下清元の素晴らしさと相まって、見事な追善狂言になっていた。泉下の十三世もさぞ喜んでいる事だろう。

 

大幹部熟練の芸をたっぷり堪能出来た夜の部。この後昼の部も観劇予定なので、その感想はまた別項にて綴ります。

 

 

 

二月大歌舞伎(写真)

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歌舞伎座に行って来ました。ポスターです。

 

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昼の部の絵看板です。

 

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夜の部です。

 

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松嶋屋の丞相様。有難や~

 

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十三世の追善興行でした。もう27年ですか・・・気品のある役者でしたね。

 

松嶋屋三兄弟がそろい踏み。音羽屋も十八番『文七元結』で対抗しています。感想はまた別項にて。

 

大阪松竹座 壽初春大歌舞伎 幸四郎・愛之助・壱太郎の『九十九折』、鴈治郎・扇雀の「酒屋」

行こうか見送ろうか迷っていた大阪松竹座の新春公演。しかしその評判の良さに、矢も楯もたまらず駆けつけてしまった。時間と財政の関係上、夜の部を断念して昼の部のみ。その感想を綴る。

 

幕開きは大森痴雪 作『九十九折』。45年ぶりの上演だと云う。当然筆者は初めて観る狂言。痴雪 が初代鴈治郎に当て書きしたものらしい。せつなくいい芝居で、今までどうして上演されなかったのだろう。史実にある「安政の大獄」で、その標的となった水戸藩に木谷屋が金子を融通した。それを幕府に睨まれ、その咎を手代清七が一身に背負って店を逐電していた。その清七が帰って来るところから始まる。

 

白鸚と離れ単身大阪に乗り込んだ幸四郎の清七、愛之助の力蔵、壱太郎がお秀・雛勇の二役、橘三郎の作左衛門、猿弥の久七、松江の新造、彌十郎の仙右衛門と云う配役。それぞれがいちいちニンに合っていて、実にいい座組だった。

 

清七が5年ぶりにお店に帰って来ると、かつて恋仲だった主家の娘お秀は作左衛門の甥新造を婿に取って店を継がせる事が決まっている。その事態に驚く清七だが、情理を弁えた主人仙右衛門に諭されると、手切れの三百両を懐に黙って主家を後にする。その姿を見て心配した手代の久七が後を追い、酒を呑ませて慰める。千鳥足で歩いている清七の前に、お秀瓜二つの芸者雛勇が現れる。結局この雛勇の家に居候する事になる清七だが、雛勇の気持ちを疑っており、心は晴れない。やはり雛勇には間夫の力蔵があり、三百両が目当てだった。

 

金を投げつけ縋る雛勇を突き飛ばして出て行こうとする清七。三人が揉み合いになる中、力蔵が雛勇を斬ってしまい、その力蔵を清七が斬り殺してしまう。斬られた二人が仰向けに重なり刀を持って清七が決まったところは、凄惨な場面ながら歌舞伎的な美しさに溢れており、実に見事だった。

 

幸四郎の清七、愛之助の力蔵は共にニン。主家の為とは思いながら、お秀を思い切れず破滅して行く男を、等身大で見事に演じた幸四郎愛之助は所謂色悪の役どころで、去年南座での伊右衛門を想起させる所もあり、色気と悪の効いた力蔵。そして壱太郎が、家の為に心ならずも婿を取るも、清七を想い続けるお秀と、その清七を騙して金を取ろうとする悪女の雛勇を演じ分けている。お秀は芸風通りだと思うが、雛勇は今までの壱太郎にはなかった人物像だと思う。また一つ芸境が進んだのではないだろうか。上方の貴重な若手花形女形。この優の双肩に、上方歌舞伎の将来がかかっていると云っては過言だろうか。今後益々の精進を期待したい。

 

続いて『大津絵道成寺』。黙阿弥作の変化舞踊。筆者はこれも初めて観る狂言愛之助が藤娘・鷹匠・座頭・船頭・鬼の五役を踊り分ける。途中早替りなどのケレンもあり、実に華やか。特に座頭の滑稽味、そして幸四郎の五郎と対峙した鬼の力感は見事。正月らしい肩の凝らない舞踊で、悲劇的な二狂言に挟まれた清涼剤の様な味で、こちらも楽しめた。

 

そして打ち出しに『艶容女舞衣』から「酒屋」。山城屋の休演で、扇雀がお園と三勝を兼ねて大奮闘。鴈治郎が半七と宗岸の二役、寿治郎のおさよ、橘三郎の半兵衛と云う配役。これも実に結構な出来であった。

 

お園と云う女房がありながら、女芸人三勝に入れあげ娘までもうけている半七。しかしお園は、自分が至らないせいで半七は三勝のところから戻らないのだと半七を庇う。そのお園を思う父宗岸と、あんな極道な息子は勘当したと言い張る半七の父半兵衛。しかし半兵衛も着物の下は、間違いから人を殺めた半七の身替りとして代官所の命令で縄に縛られている。それを宗岸に指摘され、実は息子の命を一日でも助けたい一心だと打ち明ける。この芝居が実にいい。鴈治郎の宗岸は必ずしもニンではないが、情理を弁えた立派な父親像を創出。そしてその心に打たれて本心を吐露する一徹者の半兵衛を演じた橘三郎も、情味と義太夫味に溢れた素晴らしい半兵衛。寿治郎のおさよも併せて、腕達者が揃った見事な場となった。

 

続く有名なお園のくどきは、竹本に乗って扇雀が見事な芸を見せてくれる。動きとしては、山城屋よりもリアルでその分現代的だが、その所作一つ一つに夫半七を想う真情が溢れている。しかも竹本と見事にシンクロしてこれぞ上方狂言とも云うべき見事なくどき。ここで筆者は思わず目頭が熱くなった。この味は東京の役者には中々出せない。福助が元気なら・・・とは思うが、大和屋や七之助が演じるところは想像もつかない。先の壱太郎といい、上方女形ここにありを充分に見せて貰った感じだ。

 

鴈治郎のもう一役半七はニンでもあり実に見事。何度も手掛けていると思って流石だなと感心していたら、筋書きを読むと初役とあった。これは絶対当たり役になるだろう。山城屋休演で兼ねる事になった扇雀の三勝共々、素晴らしかった。最後我が子に一目会いたいと云う三勝を半七が窘め、死を決意した二人が手を取り合って花道に入る。正月に相応しい狂言かどうかはともかく、上方ならではの本当に見事な出来の義太夫狂言だった。

 

狂言とも見応えがあり、大阪遠征した甲斐があった。七月大歌舞伎にはまた来たいと思っている。今月は歌舞伎座昼夜を観劇予定。松嶋屋三兄弟に、大和屋、音羽屋と揃う大舞台が楽しみだ。