fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

新橋演舞場 初春大歌舞伎 昼の部 Aプロ 右團次・九團次の『操り三番叟』 、福之助・廣松『鳴神』、團十郎・雀右衛門の「熊谷陣屋」、團十郎の『仕初口上』

新橋演舞場團十郎公演を観劇。毎年團十郎新橋演舞場で新春公演を行っているが、古典を團十郎アレンジで行う事が多く、今一つ筆者の食指は伸びなかった。歌舞伎界最高の集客力を持つ團十郎。恐らく松竹の方針としても歌舞伎を分かり易く翻訳して上演し、團十郎目当てに来たお客を、歌舞伎座に繋げたいと考えていたのであろう。そう云う公演なら、毎月歌舞伎を観ている筆者の様な人間は、行く必要はなかろうと考えていた。しかし團十郎曰く映画「国宝」のヒットで潮目が変わった。今は古典を観て頂くフェーズになったのではないかと考えた様である。それならばと、久々に新橋新春公演の観劇に赴いたと云う次第である。

 

幕開きは『操り三番叟』。新春に五穀豊穣を祈る三番叟は打ってつけである。この狂言は『寿式三番叟』のバリエーションの一つ。役者が操り人形に扮し、後見とイキの合った舞踊を見せる趣向の狂言である。配役は右團次の三番叟、九團次の後見。右團次は初演時に師匠である二代目猿翁の教えを受けたと云う。九團次はまだ坂東薪車を名乗っていた時代に、当時翫雀鴈治郎や猿弥の相手を勤めた事がある様だ。二人共ここ十年以上演じていないとの事。

 

当代『操り三番叟』と云えば、幸四郎である。河内屋三代目實川延若に憧れたと云う幸四郎の操り三番叟は、その圧倒的な身体能力を生かして、バネが付いているかの様な動きを見せる。そしてより人形そのものになり切っている印象を与える。しかし右團次は違う。年齢的にも還暦をとうに過ぎている右團次は、幸四郎の様なアクロバティックな所作はない。こちらは人間が操り三番叟に扮していると云う形を取っていると感じさせる。そう幸四郎より人間味溢れる所作なのだ。扮装も黒地の衣装ではなく納戸色で華やかであり、役者が扮している事を強く印象付けるものだ。どちらが良いと云う話しではなく、これは持ち味の違いであろう。

 

この狂言に於ける幸四郎にも滑稽味と愛嬌味はある。しかし右團次のそれはより人間的な温もりを感じさせる。これはこれで一つの立派な往き方であると思う。そして何より還暦を過ぎた年齢で、この短い乍ら体力の必要な狂言に挑戦する右團次の役者魂もまた、素晴らしい事だと思う。後見を勤める九團次も糸がこんがらがった時に見せる「やれやれ」と云った感じの表情にそこはかとない愛嬌が滲み、こちらも結構な出来。ベテラン役者二人の組み合わせによる『操り三番叟』。新春公演の幕開きを飾るに相応しいものであったと思う。

 

続いては『鳴神』。ご存じ歌舞伎十八番の一つで、『雷神不動北山櫻』の四幕目にあたり、現在でも『勧進帳』、『暫』に続く人気狂言である。筆者が観劇したAプロの配役は、福之助の鳴神上人、廣松の雲の絶間姫。二人共初役であり、福之助は父芝翫の、廣松は叔父雀右衛門の教えを受けたと云う。芝翫は初演時に先代團十郎の教えを受けており、Bプロの鷹之資は先代の教えを受けた当代團十郎に教わったと云うから、二人とも出どころは一緒と云う事になる。

 

この狂言で何と云っても素晴らしかったのは、雲の絶間姫を演じた廣松である。筆者が今まで観たこの優の芝居では、一番の大役であり、最後鳴神上人が怒りからぶっ返る迄は、殆どこの狂言の主役と云ってよい役どころである。これが何とも云えず結構な出来であったのだ。教えを受けた雀右衛門の口跡を思わせる部分も多かったが、叔父さんからしっかり指導されたのであろう、たっぷりとしてとても若手花形が初役で演じたとは思えない所作に古格な味わいのある絶間姫であった。

 

クドキの艶っぽさも申し分なく、白雲坊・黒雲坊とのやり取りも抜群のイキであった。以前は児太郎が当代成田屋の立女形と云った位置にいた印象であったが、児太郎にトラブルがあった以降は、この廣松がそのポジションにいる様に思われる。これからはどしどし大役に挑んで行って欲しいと思う。当代雀右衛門に跡継ぎがいない現状では、恐らくこの優が六代目の雀右衛門になるのであろうから。福之助の鳴神上人は、父芝翫を思わせる堂々とした科白廻しで健闘してはいたが、やはり荒事らしい線の太さには欠けている。ただ若々しい上人であったので、雲の絶間姫の色気にあっさりしてやられる青さをしっかり出せていた点は良かったと思う。

 

続いてはお目当て『一谷嫩軍記』より「熊谷陣屋」。云わずと知れた丸本の中でも傑作中の傑作狂言である。昨年の初春公演でも歌舞伎座松緑が演じていたが、正月から我が子を犠牲にする狂言と云うのも如何かと云う思いも多少は残るものの、筆者の大好きな狂言なので、團十郎が挑む熊谷を楽しみに観劇した。配役はその團十郎の直実、虎之介の義経、鷹之資の軍次、市蔵の景高、男女蔵の弥陀六、扇雀の藤の方、雀右衛門の相模。中では男女蔵・虎之介・鷹之資が初役との事。

 

團十郎の熊谷は、十年ぶり二度目。初演時には既に父先代團十郎は亡くなっていた事もあり、親戚である亡き播磨屋に教えを乞うたと云う。その時に播磨屋から「これは九代目團十郎から養父初代吉右衛門に伝わり私へ受け継がれて来たのを、君へ返すのだよ」と云われたと語っていた。これは非常に感慨深い話しである。当代團十郎の祖父十一代目が死の床に臥せっている時に三代目権十郎を枕元に呼び、「私の芸は全部お前のお父っつあん(二代目権十郎)から授かったものだ。それをお前に返すのだよ。そしてこれをお前から倅(十二代目團十郎)にうつしてやってくれ」と遺言したと云う。三代目権十郎はその言葉に従い、死ぬまで十二代目の後見人の様な立場を貫いた。この様に歌舞伎芸は次世代に受け継がれて行くものだと云う、典型的な挿話であると思う。

 

続けて古い話しで恐縮であるが、亡き先代又五郎が生前、「歌舞伎の狂言が伝統的なんじゃない。役者の芸が伝統的なんだ」と語っていた。これは正に至言であり、歌舞伎とは本質的に役者芸を観る芸能である。歌舞伎十八番が正にその典型であり、『勧進帳』など一部の芝居を除けば、役者芸を見せる作りの狂言が多い。よってそれ程肚の必要な芝居は多くない。そしてこの歌舞伎十八番に最も力を傾注しているのが、当代團十郎である。その華やかで力感溢れる芸風は、歌舞伎十八番にぴたりと嵌まる。しかし数多い歌舞伎の役の中には、それだけではしおおせられない役柄がある。その一つがこの熊谷であり、他にも「忠臣蔵」の由良之助などもそうであろう。

 

そして今の花形役者の中で、これら諸役の経験値が圧倒的に不足しているのが團十郎なのだ。一例を挙げると(色々な事情があるとは思うが)、昨年実施された三代名作の通し上演に、團十郎の出演は一度もなかった。松緑がその全てに出ていた事と比べると、その違いは鮮明である。そしてこの通し上演を通じて、松緑は立派な成果を挙げていた。予てから筆者はこの点を、團十郎の為に残念に思っていたところに今回の熊谷である。上記の事情があるので、筆者は非常に楽しみにしていた。そしてその出来栄えは、團十郎が新境地開く礎になるものであると感じられるものであった。

 

この熊谷には、團十郎歌舞伎十八番を演じる際にしばしば感じられた役を上から見る視線がない。この大役に挑むと云う姿勢が強く感じられるのだ。作法としては播磨屋マナーを完全に踏襲しており、変な入れ事をしていないのも良い。義経の思いを察し、自らの子を犠牲にして院のお胤である敦盛を救う熊谷の心情を、丸本の枠内にきっちりおさめて表現している。これが肚と云うものであり、今まで数多く演じて来た歌舞伎十八番とは違うところなのだ。花道の出には重厚感があり、舞台に廻っての"戦物語"で軍扇を掲げたところの立派さは、流石團十郎と云った感がある。馘実検の場での、藤の方と相模を押さえる「お騒ぎあるな、騒ぐな」も、ここで女性二人に騒がれては全てが水泡に帰してしまうと云う緊迫した思いが横溢しており、見事なものである。

 

形が立派であるのは勿論大事ではあるのだが、これら全ての芝居を通じて、節度と品位を保った丸本の所作の中に、役をしっかり落とし込んだ肚を感じられるところが、今回の團十郎熊谷の素晴らしさである。そしてそれを支える雀右衛門の相模も実に見事で、我が子の馘を抱きかかえる所作に、母としての満腔の思いが満ち溢れており、ここだけでも涙ものの芝居である。父先代京屋を彷彿とさせる古風な丸本女形の味わいがあり、当代これ程の相模はちょっと他に考えられないであろう。「十六年は一昔」からの花道の引っ込みも、大袈裟に泣き上げる事をせず、しかし子を殺した父熊谷の無常感がしみじみと伝わって来る、義太夫狂言の品格を守った見事な芝居。この優独特の科白廻しの癖が丸本の感興を削ぐ部分は確かにあるし、播磨屋高麗屋に比べれば義太夫味もまだ希薄ではある。しかしそれを補う肚のある芝居が実に見事な團十郎十年ぶりの熊谷であったと、筆者は評価したい。

 

打ち出しは『仕初口上』。成田屋所縁の役者のみに許された「にらみ」である。これを筆者が観るのは南座に於ける團十郎襲名公演以来である。江戸の昔より、團十郎に睨んで貰えれば、一年間無病息災と伝わっている。これで筆者も今年は健康でいられる事であろう(笑)。如何にも成田屋らしい初芝居を、満喫させて貰えた新橋演舞場昼の部であった。