歌舞伎座Aプロの最後、第二部を観劇。ここのところ大入り満員が続いている歌舞伎座であったが、筆者が観劇した日の二部は平日であったと云う事情もあるのか大入りと迄はいかず、九分通りの入りと云った感じであったろうか。筆者的には今月の公演の中で、この部が一番の楽しみであったのだが。どうも世間一般の好みと筆者の好みとは、乖離がある様だ(苦笑)。とは云え以前を考えればかなりの入りと云えるのではないかとは思うが。
幕開きは「木の実」と「小金吾討死」。松嶋屋が権太を演じる際には必ず付ける場ではあるものの、他の役者ではあまり出ない場である。三年前に国立で八代目菊五郎が演じた様だが、その時筆者は事情で観劇出来なかった。松嶋屋以外で筆者がこの場を観たのは高麗屋しかいない。しかし「すし屋」をより深く理解するには、絶対に出した方が良い場であると思う。今回の配役は松緑の権太、種之助の小せん、新吾の小金吾、秀乃介の善太郎、魁春の若葉の内侍、秀乃助の六代君、橘太郎の弥左衛門。松緑もこの場は初役で、他の役者も皆初役の様である。今月は大名題の初役が多いが、この場でも魁春の若葉の内侍が初役とは驚く。中で新吾は音羽屋の教えを受けたと云う。
この場は初役と云う松緑の権太は、ここでもやはり見事な芝居を見せてくれている。善人めいた出から、小金吾の荷物と自分の荷物とをわざ間違えて持ち去り、一見正直者を装い間違いを詫びて手荷物を返す。そこから一転自分の荷物の中にあった金がなくなっていると難癖をつけるところの小悪党ぶりは、この優独特の愛嬌と相まって、思わずニヤリとさせられる。上手く金をせしめて内侍親子と小金吾を追い払ったところに女房小せんと善太が戻る。女房が家に帰ろうと云っても取り合わないが、倅の善太に甘えられると相好を崩して父親の顔になる辺りも実に上手い。倅と賽子を使って戯れるところも稚気に溢れ、子に甘い普通の父親の顔を見せる。ここがあるから、後段の「すし屋」の悲劇が際立ってくる。やはりこの場は出さなければないない場だと思う。
舞台が一転して、捕り手に追われる新吾の小金吾。本来女形が持ち味の新吾だが、長身を生かした実にすっきりとした前髪ぶりで、こう云う立役でも適性を見せてくれている。縄を上手く使った捕り手との立ち回りでもその長身が映え、見応え充分。これは意外と云っては失礼だが、掘り出しものであった。魁春の若葉の内侍は初役とは云え、こう云う高貴な役は手の内のもの。清盛の嫡孫で、当時「容顔美麗、尤も歎美するに足る」と謳われた三位中将維盛の北の方らしい品格が居ながらに顕れており、流石の芸であった。
休憩を挟んで「すし屋」。今回はAプロが音羽屋型、Bプロが松嶋屋型と二つの違った「すし屋」が観れると云うのも嬉しい。配役は権太・内侍・六代君・善太・小せん・弥左衛門は前幕と同様。萬壽の弥助実は維盛、左近のお里、齋入のおくら、又五郎の景時。中では左近と橘太郎が初役で、左近は萬壽の教えを受けたと云う。当然種之助と魁春も初役なので、松緑・齋入・萬壽・又五郎以外は初役ばかりと云う事になる。最近は本当に初役の上演が多くなっている印象だ。
先月松王丸を立派に演じ切り、時代物に対する見事な適応力を見せてくれた松緑が、今月は世話物の大役に挑んだ。結果として素晴らしい権太で、この優は時代物世話物何でもござれの力量を確実に身につけて来ていると実感させられた。王道の音羽屋型の権太で、出の小悪党ぶりも実に小気味良く、一転母おくらに甘えるところは愛嬌溢れる芝居で、見物衆にもよく受けていた。身のこなし・所作が実にキッパリとして江戸前で鯔背。幼少時から世話物の劇団で鍛えられてきただけの事はある。松緑のライバルである八代目菊五郎はどんな役をやらせても気品漂うが、松緑の権太は如何にも小市民と云った風情で、ニンとしては松緑の方が適っているであろう。
自分の女房と倅を身替りに立てての首実検の場では、褒美に何が欲しいのだと聞かれて「あっしはやはり金がようござんす」と云う当りの科白廻しも、如何にも金に目がないと云った性根がよく出ていて秀逸。花道と本舞台とに別れて女房・子供が曳かれて行くのを見送る時の表情が、底割れにならない程度に哀しみに曇るあたりも上手い。黒御簾音楽が奏される中、真実を知らない父弥左衛門に刺されての戻りの述懐は、リアルな芝居が涙を誘う。随所に松緑の世話の上手さが光り、名品と云える権太であった。
その他の役では、やはり萬壽の弥助実は維盛が何度も演じて自家薬籠中の物。この優の立役では、「新三」の忠七と双璧であろう。左近初役のお里は、娘役ではあるが生娘ではないので、やや艶に欠けていた印象。同じく初役の橘太郎弥左衛門は、義太夫味は薄いが、主人を裏切った倅を刺し殺す手強さと、真実を知った後の嘆きの深さをきっちり演じていて、改めてこの優の実力の高さを見せられた思い。魁春・齋入・又五郎と手練れが揃って、傑作とも云うべき見事な「すし屋」であったと思う。
現在上演中のBプロの狂言に関しては、観劇の後また改めて綴る事としたい。