fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

中村勘九郎 中村七之助 新緑歌舞伎特別公演2025 七之助の『高尾懺悔』、勘九郎・鶴松の『太刀盗人』

文京シビックセンターで行われた中村屋の巡業を観劇。中村屋兄弟はこのホールの名誉館長になっているそうである。まぁ住まいが地元の春日ですからな。ポスターに表示されていた通り、完売御礼が出て大入り満員の盛況。かなり大きなホールなのだが、流石中村屋兄弟と云ったところか。勘九郎七之助にとっては、ホームグラウンドだと云う意識があるのであろう。

 

幕開きはトークショウ&ミニ歌舞伎塾。勘九郎七之助・鶴松の三人が舞台に揃う。まずいの一番に七之助結婚の話題が出る。当人の語ったところによると、雑誌「ゼクシィ」を生まれて初めて購入し、付録として付いていた婚姻届を使ってシビックセンターにある文京区役所に提出したとの事。本当におめでたい。次はお前だと振られた鶴松が「私は一回り位年下なので、まだ十二年程余裕があります」と切り返して場内も沸いていた。質問コーナーとなり、指名された女性から「今後演じてみたい出し物は?」と聞かれた勘九郎が、「六歌仙」と即答していたのが印象深かった。勘九郎の「六歌仙」、ぜひ観てみたいものだ。

 

三人が退場し、続いてミニ歌舞伎塾となる。中村屋一門であるいてうや澤村國久が出てきて歌舞伎の効果音などのやり方を実地で解説。そして役者と後見のイキを合わせた引き抜きも実地で見せてくれ、見物衆も感嘆の声を上げていた。先の質問コーナーで指名されたお客は昼夜両方観劇している方や、名古屋の方迄中村屋公演を観に行っている方など、かなりのご贔屓衆であったが、初めて歌舞伎をご覧になる方には、大変親切な企画であったと思う。全国津々浦々迄歌舞伎を普及したいと云う、亡き勘三郎からの思いを引き継いだ中村屋兄弟の熱い気持ちが感じられるではないか。

 

続いて幕開き狂言は『高尾懺悔』。七之助高尾太夫に扮して独りで踊る長唄舞踊。初演は江戸時代らしいが、中村屋兄弟の曾祖父にあたる六代目菊五郎が今の形にまとめた狂言。仙台候に身請けされるも情夫島田重三郎に操を立ててなびかず、為にお手討ちになったと云う伝説を持つ二代目の高尾太夫をモデルとしている。苦界の辛さを物語る踊りから一転、四季折々の描写を表す華やかな舞踊となる。そして最後はテンポが早まり地獄責め苦となり哀しく幕を閉じる迄、七之助の舞踊は一分の隙もなく、全く見事なもの。舞踊表現として、技術的なものを突き詰めた先にあるものを目指す舞踊家としての七之助は、大和屋の正統的な後継者と云える。より情緒的な舞踊を見せる新菊五郎とはまた異なる往き方で、この両優の対照的な女形舞踊を堪能出来る令和の見物衆は仕合せであると、筆者は思う次第。

 

最後打ち出し狂言は『太刀盗人』。大正時代に岡本柿紅によって作られ、六代目菊五郎と七代目三津五郎と云う名コンビを謳われた舞踊の名手二人によって初演された松羽目物の人気狂言。配役は勘九郎の九郎兵衛、鶴松の万兵衛、筆者が観た夜の部はいてうの丁字左衛門、仲侍の藤内。トークコーナーで勘九郎も語っていたが、中村屋のレパートリーにはありそうでなかった狂言。今回演じる三人は、松緑・彦三郎・坂東亀蔵に教えを乞うたと云う。

 

これがまた実に結構な出来。こう云う軽い味の狂言は、勘九郎のニンにぴたりと嵌まる。田舎者万兵衛が所持していた太刀を盗み取ろうとする九郎兵衛が、少し遅れたタイミングでおうむ返しの様に踊る舞踊の上手さは素晴らしい技巧。父勘三郎に徹底的に鍛えられた勘九郎の技術は本当に見事なものである。盗人ではあるが、この優らしい愛嬌にも溢れており、流石は勘九郎と云うところを見せてくれている。その勘九郎を相手にして初役で踊る鶴松には、多少の硬さはあったもののこちらもニンであり、まずは立派な出来であったと思う。

 

一番長い出し物がトークショウ&ミニ歌舞伎塾であったのはご愛敬ではあるが、巡業らしく肩の凝らない構成で、充分楽しめた中村屋新緑公演。筆者は二階席の後方で観劇したのだが思っていたよりも会場が大きく、もっと良い席で観たかったと云うのが本音ではあるが。今月の歌舞伎座はいよいよ音羽屋の襲名公演。観る前から高揚感が止まらない。中村屋兄弟にも、早く大名跡を襲名して貰いたいと願うばかりである。