fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

十二月大歌舞伎 十二月大歌舞伎 第一部 獅童・菊之助・松緑の『あらしのよるに』

師走の大歌舞伎を観劇。いよいよ今年も押し詰まった感じである。毎度の事乍らあっと云う間の一年だったと云う印象。今年はいきなり能登半島の大地震に始まった年であった。復興しきらない内にまた冬が到来し、被災された方々は本当に大変な思いをされておられる事であろう。その他にも五輪や首相の交代、アメリカでも政権交代があり、惜しまれつつ多くの著名な方々が亡くなられた。日米のトップが交代した事に関して云々するつもりはないが、こうしてみると五輪以外に良いニュースはあまり多くなかった様な印象である。そんな中で今年も沢山の芝居が観れた事には、感謝したいと思っている。財政はひっ迫してはいるが(苦笑)。

 

まず第一部を観劇。平日にも関わらず、ほぼ満員の入り。原作に力があり、獅童菊之助松緑と花形役者が揃ったので、この入りも納得と云ったところであろうか。きむらゆういち氏の原作で、今は教科書にも採用されたりしている様だが私の年代の本ではないので、芝居を観る迄は内容に関しては知らなかった。獅童と亡くなられたお母さまが歌舞伎化を企画した狂言の様だ。配役は獅童が狼の長とがぶの二役、菊之助のめい、坂東亀蔵のたぷ、米吉のみい姫、竹松のはく、光ののろ、國矢改め精四郎のばりい、橘太郎のおじじ、門之助の絵師、権十郎のがい、萬次郎のおはば、松緑のぎろ。それに獅童の愛息陽喜と夏幹がそれぞれめいとがぶの幼少時代の役で出演している。中で光と門之助の役は、今までの上演ではなかったものだ。

 

南座での初演以来、九年で五回目の上演。これはもう立派な人気狂言である。筆者にとっては、歌舞伎座初演以来の観劇だ。その時の記憶はもうかなり薄まっているのだが、まだあまり歌舞伎座で出し物をする機会の少なかった獅童とめいを演じた松也の熱演が、記憶に残っている。今回は菊之助松緑亀蔵・精四郎が初役と、大きく役者を替えているのが目を引く。話しとしては狼と山羊の友情物語で、食べる側と食べられる側のその属性を超えた絆を描いたものだ。狼と山羊と云うのは俯瞰して見ればものの例えで、国と国、企業と企業、人と人など、何に置き換えるのも可能であろう。

 

竹本を大きく取り入れ、その所作や一部科白廻しなど、大きく歌舞伎の様式を取り入れた演出は昔観た時の通り。しかし筆者の価値観からすると、やはり歌舞伎座と云うよりは新橋演舞場の出し物と云う印象は拭えない。要するに純歌舞伎とは云えない狂言ではある。しかし芝居が面白ければそれはそれで良い訳で、見物衆には大いにウケていたし、途中國矢改め精四郎の涙の劇中口上もあり、竹本とのコミカルなやり取りなど、兎に角サービス精神が横溢している芝居で、楽しめる狂言であった。

 

主演の獅童がぶが、兎に角熱い。他の出演役者と比べても芝居的には一番歌舞伎味が薄い感じであったが、自分が企画立案したこの狂言に対する人一倍の想いに溢れている。コミカルな味もあり乍ら、狼らしい描線の太さも出せていて、やはりこの芝居を引っ張っているのは獅童であった。途中めい役の菊之助と客席を練り歩く場もあり、筆者は一階席ではなかったのでよく見えなかったが、客席にいた原作者のきむらゆういち氏を紹介したりして、大盛り上がりであった。

 

舞台に戻った後精四郎襲名の劇中口上があり、一般家庭に生まれた自分をここまで引き上げてくれた師匠である藤十郎と、兄貴分の獅童への深い感謝を涙乍らに述べ、見物衆からの大きな拍手を浴びていた。二代目精四郎、益々の活躍に期待したい。もう一人(一匹?)の主役である山羊のめいを初役で演じた菊之助。今まで主に松也が演じていた役であるが、ニンとしては菊之助の方が適っている。女形を主に演じて来た菊之助ならではの柔らかな味が如何にも気の優しい山羊らしく、近年「ナウシカ」や「ファイナルファンタジー」などで純歌舞伎以外にも芸域を広げて来た菊之助の経験が生きたのかもしれない。

 

その他の役では、野心溢れる狼の頭領ぎろを演じた松緑の存在感が圧倒的。がぶやめいと違い、今まで色々な役者が演じて来た役で筆者はその全てを観た訳ではないが、最もぎろらしいぎろだったのではないだろうか。今回の松緑は悪の巨魁としての大きさ図太さに加え少し抜けた味もあり、この優らしい愛嬌味もあって、こちらもぴったりの配役であったと思う。芯の役である三人がしっかりしているので、筆者好みの狂言ではないが、芝居としては楽しめるものであったと思う。大立ち回りもふんだんにあり、見物衆も大喜びであった。これは今後も歌舞伎座で度々上演されて行く事であろう。

 

一時歌舞伎座への出演が少ない印象のあった獅童だが、今や堂々と主役を演じる迄になった。今月は三部全てに出演する大車輪の活躍。この優にも将来何か大きな名跡を継いで欲しいものだがないんだよなぁ大きな名前が、萬屋には。松竹さんは何か考えがあるのであろうか。まぁそれはさておき、残る部の感想は観劇後また改めて綴る事としたい。