去年から始まった立川歌舞伎を初めて観劇。都心からかなり離れているので、去年は時間が取れず行けなかった。立川自体に来るのがかなり久々であったし、昔来た時にはまだなかった立川ステージガーデンでの上演。どんなハコなのかと思っていたが、かなり立派なホールで、収容人数も三千人を超えると云う。花道も歌舞伎座の1.5倍の長さがあり、しかも今回は両花道。そのホールがほぼ一杯に埋まっていた。
まず口上から。幕が引かれると、中車・壱太郎・歌之助が裃姿で登場。中車が見物衆に来場のお礼を述べて退場。残った壱太郎と歌之助が、出し物の解説を行った。壱太郎が「初めて立川に来た方は?」と問いかけると、そこそこの人数の手が挙がっていた。途中立飛グループのゆるキャラも登場して撮影タイムが設けられ、見物衆がスマホ片手に壱太郎・歌之助とゆるキャラの4ショットをカメラに収めていた。今月の歌舞伎座同様、国立劇場の歌舞伎鑑賞教室の様であった。
休憩を挟んで『新版 御所五郎蔵』。新版と云っても原作を大きく変える事なく、実に丁寧な補綴。しかも今回はめったに上演されない「時鳥殺し」が出ている。これはかなり画期的だ。配役は愛之助が五郎蔵と百合の方の二役、壱太郎も時鳥と逢州の二役、亀鶴の與五郎、廣松の信夫、歌之助の巴之丞、九團次の織之助、笑也の皐月、中車の土右衛門。筋書にはっきりとした記載はないが、おそらくほぼ全員が初役であったろう。序幕から大詰まで、ほぼ三時間に及ぶ大作の上演となった。
この作品は、忘貝とさざなみと云う幼い頃に生き別れになった姉妹の物語である。忘貝は時鳥と名を改め巴之丞の愛妾となり、さざなみは傾城逢州となって廓勤めをしていると云う設定。今回は妹の時鳥が後室百合の方の恨みを買い、なぶり殺しになる「時鳥殺し」が最初の見せ場。ここは愛之助が百合の方を勤め、壱太郎の時鳥を苛め抜いた挙句に殺してしまうと云う陰惨な場である。現代人にとって観ていて気持ちの良い場面ではないと云う理由であろうか、めったに出ない場。初役と思われる愛之助は、実に憎体な百合の方を造形しており、初役とは思えない見事な出来。
壱太郎の時鳥は只管可憐でニンにも適っており、哀れさを一入感じさせる。初めて歌舞伎を観る方がどう思われるかは判らないが、二人とも流石の技量を見せつけてくれていた。脇では信夫を演じた廣松が兼ねる役者らしい立派な女形ぶりで、目に残る出来。歌之助の巴之丞も気品があり、美しい若様ぶりであった。滅多に出ない場、そして全員初役の中で各優見事な出来であったと思う。この場だけで一時間以上あるので、これを飽きさせずに演じ通した出演役者達は立派であったと思う。
続いて「仲ノ町甲屋の場」。ここからがタイトルにある「御所五郎蔵」となる。この場は単独でも上演されるので、最も馴染みのある場。長大な両花道を存分に使って、実に華やかな場となっている。今回は歌舞伎公演で筆者は初めて観るオーロラビジョンが上手と下手に一つずつある。五郎蔵と土右衛門の一行が両花道にかかって渡り科白の時に、科白を云う役者が都度切り替わってオーロラビジョンに映し出される嗜好。直に役者の所作を観たい筆者からすると多少煩わしいが、かなり大きなハコなので、遠い席の方や初めて歌舞伎をご覧になる方には親切な工夫ではあると思う。
愛之助の五郎蔵は前幕の百合の方とは打って変わって、抜け出た様な美しさと粋な所作で流石の五郎蔵。筋書によると愛之助は土右衛門と逢州は演じた事があると云っているので、五郎蔵は初役と思われる。しかしニンにも適っており、これははまり役である。対する中車の土右衛門も当然初役であろうが、敵役らしい太々さがあり、こちらも立派なもの。歌舞伎界に入って十年以上がたった中車。最近は本当に歌舞伎らしい芝居をする様になって来ており、猿之助なき澤瀉屋をしっかり支えている印象。役者が二人揃って、見事な場となっていた。
休憩の後大詰「甲屋奥座敷の場」から「仲ノ町の場」。流石に最後の五郎蔵と皐月の自害の場迄はやらず、「愛想尽かし」と「逢州殺し」のみ。最初の土右衛門と皐月の二人芝居がまず良い。金に困っている夫五郎蔵の為に、土右衛門の口説きを受け入れる皐月なのだが、土右衛門はそんな事情を知らず、皐月が自分の妻になるのを素直に喜ぶところに悪役乍ら愛嬌があり、中車の芝居が上手い。そこに五郎蔵が現れて、皐月が心ならずも愛想尽かしをする。ここは笑也が流石の上手さ。きっぱりとした科白廻しで愛想尽かしをするのだが、所作に五郎蔵の事を案じる気持ちがさり気なく表れている。
そしてこちらも事情を知らない愛之助五郎蔵が、粋な色男から皐月の愛想尽かしを受けて徐々に怒りの表情になって行くところが上手い。妻を土右衛門に取られたと思い込んだ引っ込みが、その所作に絶望の深さと怒りの大きさがきっちり表現されていて、実に見事。そして土右衛門を送りたくもない皐月が癪を起し、逢州と打掛を取り換えて逢州が土右衛門と同行することになる。ここが結末を知っているだけに、観ていていつも切なくなる。
場が変わり、怒りに震える五郎蔵が逢州の着ている皐月の打掛を見て人違いをし、逢州を惨殺してしまう結末となるのだが、本日二度目の殺人被害者壱太郎がここでも実に哀れさをそそる芝居で、若い乍らもこの優の確かな実力を示している。そして主人の想い人逢州を殺してしまった五郎蔵の驚きと悔恨の深さを、愛之助がここでも見事に演じきっており、大詰迄実に充実した『新版 御所五郎蔵』であったと思う。最後は出演役者うち揃っての切口上で幕となった。
打ち出しは『玉藻前立飛錦栄』。藤間宗家が新たに作った新作舞踊である。筋書で勘十郎が「道成寺」をイメージして作ったと語っていた様に、下敷きは「道成寺」である。詞章や所作に「道成寺」と同じところが頻繁に出て来る作りになっている。壱太郎が白拍子・座頭・村娘・船頭・夜鷹・雷・巫女・花売り・九尾の狐の九役を踊り分ける。歌之助の太郎、廣松・九團次の強力、中車の上人、愛之助の義明と云う配役である。
上演時間が一時間もあり、舞踊としては大曲である。若い乍ら舞踊吾妻流家元である壱太郎、その舞踊の技術を駆使して、素晴らしい踊り分けを見せてくれている。女形だけでなく、座頭や化生に扮した役もあり、この優がただの女形ではないところをふんだんに見せつけてくれる。白拍子はどこかミステリアスに、村娘は生娘らしく、花売りは可憐。最後の九尾の狐はとても女形役者とは思えない程の古怪さがある。早替りもあり、そして最後は宙乗り迄ある。今回の宙乗りは花道のツケから客席を斜めに横切り、二階席の上手側に入って行く大掛かりなもの。愛之助の押し戻しも、二枚目役者らしからぬ力感があり、見物衆も大喜びであった。
二演目とも科白に立川や立飛グループをもじった入れ事があり、客席も大盛り上がり。ほぼ満員の盛況であったし、これは来年以降も継続されて行くのではないだろうか。まぁスポンサーの立飛グループさんの意向次第と云うところもあるだろうが(苦笑)。愛之助と中車が座頭的な立ち位置であり、若手花形中心の素晴らしい公演であった。何も歌舞伎座だけが歌舞伎のハコではない。これからもどんどんこう云う公演が増えて行って欲しいと、願っている。