十一月の歌舞伎座公演を観劇。十一月の歌舞伎座と云えば恒例の「顔見世」興行なのだが、舞台機構設備の工事実施の為例月より休演日を増やし、夜の部の公演は二回しかないと云う変則的な公演となった。入りとしては、八分と云ったところであったろうか。新歌舞伎座も開場から十年が経過し、メンテの必要も出てきていると云う事であろう。出演する役者も、松緑を座頭としてグッと若返った座組になっていた。上演時間も二時間四十五分程度と短く、その分リーズナブルな料金設定となっている。「ようこそ歌舞伎座へ」と云うタイトル通り、新規顧客を開拓したいと云う松竹の思惑が見える。確かに桟敷席が九千円と云うのは、普段の歌舞伎座を考えれば破格と云える。これを契機に若い見物衆が増えるなら、興行としての歌舞伎界の未来も、明るいものとなるかもしれない。
幕開きは「ようこそ歌舞伎座へ」。虎之介がMCを担当し、外国客向けに音蔵が流暢な英語で通訳していた。意外な特技にびっくりさせられた。虎之介は最初すっぽんからタキシードで登場し、画面に幸四郎の映像が流れる。最初に現在の幸四郎が挨拶をし、その後以前に撮影したと思われる歌舞伎座の舞台裏を幸四郎が紹介する映像が流された。何年前のものかは判らないが、幸四郎がかなり若かった(笑)。舞台裏紹介は以前大和屋もやっていたし目新しいものではなかったが、初めてご覧になる方には、興味深かったのではないか。
映像が終了し、和服に着替えた虎之介が再登場。虎之介に因んだか虎が登場し、「吃又」の虎が出て来る場を再現。見得などの説明をして、見物衆にも一緒に見得を切る様勧める。「今日初めて歌舞伎をご覧になる方はいらっしゃいますか?」と問いかけ、パッと見一割位の方が手を挙げていたであろうか。その後鼠や蝦蟇なども登場し、撮影タイムとなった。歌舞伎座で撮影許可が出たのは、筆者は記憶がない。まるで国立劇場の「歌舞伎鑑賞教室」の様だ。虎之介が客席を練り歩いたりして、見物衆にサービスした後、和服姿で松緑が登場。今月は若手中心で、自分は中でほんの少しだけ年長ですと、見物衆の笑いを取っていた。最後は虎之介自身が定式幕を閉め、舞台中央に幕をめくって正座し、「鷹揚のご見物の程を」とあいさつして休憩となった。
中幕は『三人吉三巴白浪』から「 大川端庚申塚の場」。今更説明不要の黙阿弥作の名狂言だ。配役は左近のお嬢、歌昇のお坊、坂東亀蔵の和尚、緑のおとせ。今月は筋書の販売がないのでしかとは判らないが、少なくとも左近は初役。音羽屋の教えを受けたと事前のインタビューで語っていた。これは後々大きな財産となるであろう。歌昇は浅草などの若手公演でもしかしたら演じた事があるかもしれないが、亀蔵はひょっとすると初役なのではないだろうか。
出来としては、致し方ないとは思うが厳しいものがあった。特にお嬢の科白廻しは難しい。秀山祭の雛鳥で目覚ましい成果を見せた左近だが、この黙阿弥物は手に余った。同じ様に歌昇のお坊もやはり荷が重かった様だ。二人とも科白をしっかり喋る事に気が行っている。テンポを落として気を合わせる様にやり取りしているのだが、あの黙阿弥独特のリズムが出せていない。それに伴い謡い上げる事が出来ず、全体的に間延びしてしまっているのだ。同じ初演でも、三年前に演じた右近は、そこを見事にクリアしていたのだが。
三人の中では、亀蔵が貫禄・科白廻し共頭一つ抜けてはいるが、それとて全体の出来を救うには至っていない。しかし今はこれで良いのだ。これは経験を積んで行くしかない。音羽屋の初演を筆者が観ている訳ではないが、最初から完璧であったはずもない。左近も歌昇も、この年齢でしかも歌舞伎座で経験を積める事が大きいのだ。音羽屋の役者としては、絶対に外せない役。今後の精進に期待したいと思う。
二度目の休憩を挟んで、『石橋』。謡曲「石橋」を元にした「石橋物」の所作事である。松緑・萬太郎・種之助・福之助・虎之介の獅子の精と云う座組。松緑は何度か演じているであろうし、福之助は襲名公演で四人連獅子を演じているので、毛振りは経験済みである。歌舞伎役者にとっては欠かせない所作事の毛振りなので、子供の頃より叩き込まれているであろう。若々しい勢いのある毛振りで、こちらは実に観ていて清々しい『石橋』である。
中で特に印象的なのは、やはり松緑。筆者的には、当代の踊り手として幸四郎と双璧をなす存在であると思っている松緑。勢いだけでなく品格があり、実に見事な獅子の精。今回の松緑は座頭であったと云う事もあるが、その上手さに加えて大家としての大きさと幅を身に着けて来ている様に感じられる。正月公演では熊谷を演じる松緑。これから役者としていよいよ旬の時期に入って行くであろう。他の花形と切磋琢磨し、令和の歌舞伎界を牽引して行って欲しいと思う。
歌舞伎座では珍しい若手花形を中心にした座組の十一月公演。注文はつけたものの、大名題の様な名人芸を期待している訳ではない。これからもどんどん機会を与えて行って欲しいと思うし、今後も研鑽を怠らず歌舞伎道に邁進して行って貰いたい。令和の歌舞伎界は、彼らの双肩にかかっているのだから。今月はこの後明治座の中村屋公演も観劇予定。明治座には八年ぶりの登場らしい中村屋兄弟。出し物も良いので、今から楽しみである。