fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

八月納涼歌舞伎 第一部 巳之助・児太郎の『ゆうれい貸屋』、高麗屋親子の『鵜の殿様』

今月残る一部を観劇。入りは三部の中では少なかったが、それでも九割方は入っていたであろうか。確かに狂言立ては三部の中で一番地味であったかもしれない。新歌舞伎に松羽目物の舞踊劇と云う組み合わせ。しかし各優熱演で、他の部に引けを取らない盛り上がりを見せてくれていたと思う。

 

幕開きは『ゆうれい貸家』。山本周五郎原作の新歌舞伎で、初演は先々代松緑梅幸の組み合わせであったと云う。前回の歌舞伎座での上演は何と十七年前の様で、今回演じた巳之助と児太郎それぞれの父である亡き三津五郎と、福助のコンビであった様だ。配役は巳之助の弥六、児太郎染次、新吾のお兼、福之助の鉄造、鶴松のお千代、青虎のお勘、寿猿の友八、勘九郎の又蔵、彌十郎の平作。ベテランの彌十郎以外は当然の様に初役であるが、酷暑の中今月も寿猿が元気な舞台姿を見せてくれているのが嬉しい。

 

筆者は前回の三津五郎福助の上演は観ていないので、初めて観る狂言狂言のタイトルの幽霊を平仮名のゆうれいに開いている通り怖い怪談話ではなく、ゆうれいが出て来る喜劇である。上記の通り三津五郎福助の上演は観ていないのだが、福助がどんな風に染次を演じたのか、目に浮かぶ様だ。こう云う喜劇的で男を尻に敷くものの、どこか可愛げのある女を演じさせたら、福助は天下一品であった。今回はその福助が監修を勤めているので、児太郎は完全に福助マナーであろう。

 

大筋としては、桶職人弥六は腕はいいのたが、怠け者。大家を始めとして散々周りから意見をされるものの、馬の耳に念仏。そんな姿に愛想を尽かした女房が出て行ってしまう。そんなところに成仏出来ずに彷徨っている辰巳芸者の幽霊染次が現れ、二人は夫婦同然に暮らし始める。金に困った二人は、他人に恨みを持つ人達に幽霊を貸し出す商売を始め、大繁盛。しかし幽霊の又蔵があの世もこの世もロクでもないが、生きていればこそだと言い残して姿を消す。その言葉に目を覚まされる弥六。幽霊のお千代に口説かれている弥六の姿を見た染次は嫉妬の炎を燃やすが、鉦を打ち鳴らすと成仏して姿を消す。そこに長屋の者と女房お兼が現れて、めでたしめでたしで幕となる。

 

まぁたわいもない話ではあるが、出て来る幽霊が皆コミカルで楽しめる狂言。ことに二部で新三、三部で監物を演じた勘九郎が、同じ役者とは思えない位弱気で頼りない幽霊又蔵を好演。流石の芸達者ぶりを見せてくれている。女房お兼を演じた新吾も、夫をぐうたらから立ち直らせたいが為、涙を呑んで家を出て行く世話女房をしっとりと演じて目に残る出来。主演の二人は多分(観てはいないのだが)お父っつぁん達には及んでいないとは思うが、時にコミカルに、時に情味を見せて歌舞伎座の主演をしっかり勤め上げていた。ただ全体的に世話物の味わいは薄い。これはやはり若手中心の座組では難しいのだろうと思う。

 

打ち出しは『鵜の殿様』。元NHKアナウンサーで歌舞伎通としても知られる山川静夫原案の松羽目物。元々西川流の舞踊公演の為に作られた物の様だ。それを今年二月の博多座公演で幸四郎染五郎親子が歌舞伎初演して好評を博し、今回歌舞伎座での再演となったらしい。幸四郎の太郎冠者、染五郎の大名、高麗蔵・笑也・宗之助の腰元と云う配役。博多座の時とは笑也だけが替わっている。

 

これが傑作とも云うべき素晴らしい狂言であった。太郎冠者と大名の関係性を、鵜と鵜飼に見立てている。搾取する側とされる側と云う寓意がそこにある様だ。兎に角、幸四郎染五郎親子の所作事の見事な事。染五郎は勿論だが、幸四郎もまだまだ若く、身体がよく動く。二人の運動能力の高さが存分に発揮されている。太郎冠者と大名のやり取りには『操り三番叟』の所作が取り入れられている。『操り三番叟』は人形と人形遣いだが、今回は鵜と鵜飼に見立てているので、動きが大きく且つ激しい。

 

微妙な動きに妙味を見せる『操り三番叟』に比べ、こちらは身体ごと引っ張り、引き付ける様な要素がある。大きな動きの中にも関わらず、引っ張る者と引っ張られる者とのイキがぴったりで、流石技術の高麗屋と唸らされる。途中大名の長袴を太郎冠者が踏みつけてバッタリ倒れると云うドリフを想起させる様な動きもあり、客席も大盛り上がり。多少松羽目物としての品位には欠ける部分もあるが、実に楽しませてくれる狂言。腰元の三人も愛らしく、品位を保ちつつ適度にコミカルで、ベテランの三優らしい芸を見せてくれていた。これは出し物としてこれからも定着していくだろうと思われる程の、充実した狂言であった。

 

三部制を大いに堪能できた八月納涼歌舞伎。来月は秀山祭。高麗屋三代揃い踏みで、松緑菊之助と云う、亡き播磨屋所縁の花形役者が揃う。加えて大和屋が定高で出演と云う豪華さ。丸本・松羽目・新作とバラエティに富んだ狂言立ても、今から大いに楽しみである。