fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

国立劇場10月歌舞伎公演『通し狂言 義経千本桜』Bプロ 菊之助のいがみの権太

国立の感想を綴る前に、歌舞伎界に朗報があった。今年の高砂屋人間国宝認定に続き、高麗屋文化勲章が授与される事となった。歌舞伎界からは去年の音羽屋に続き二年連続だ。去年もこのブログで書いたが、文化勲章文化功労者の中から選ばれるのが慣例となっている。文化功労者になったのは音羽屋より高麗屋の方が早かったので、当然先に文化勲章が授与されると思っていたが、順序が逆になった。受賞の知らせを聞いた幸四郎が「こうでなくちゃいけません」と云ったと云うが、このコメントはその辺の機微を指したものと考えたら穿ち過ぎだろうか。

 

まぁそれはどうでもいい事で、現役歌舞伎役者二人目の授与、誠に目出度い。この道一筋の人が認定される印象の人間国宝にならず文化勲章に辿り着いたのは、歌舞伎役者では初だろう。ストレートプレイやミャージカルでも超一流の実績を残してきた高麗屋は、大谷翔平選手より半世紀以上も前から二刀流を極めてきた。この道一筋の人間国宝になっていないのは、今となっては役者としての勲章と云えるのではないか。本当におめでとうございました、高麗屋

 

閑話休題

 

国立劇場が建て直しになり、今月から一年ほどかけてさよなら公演が行われるようだ。その第一弾として上演されたのが『義経千本桜』の菊之助による通し狂言。二年半程前に上演が決定しながら、コロナにより中止に追い込まれた公演が、改めて上演された。誠に目出度い。全てのプログラムを観たいところだったが、時間とお金の都合で断念。タイミングが合ったBプロを観劇した。二階席には空席もあったが、一階席はかなり埋まっていた。

 

Bプロは「下市村椎の木の場」から「下市村釣瓶鮓屋の場」迄の上演。配役は菊之助の権太、梅枝の弥助実は維盛、萬太郎の小金吾、米吉のお里、橘太郎のおくら、吉弥の小せん、権十郎の弥左衛門、又五郎の景時と云う配役。博多座での上演と弥左衛門・おくらの夫婦は同じ。お里だった梅枝が弥助に回り、今回は米吉のお里になっているのが注目だ。又五郎の景時は意外にも初役だと云う。

 

菊之助は今回の四役(鳥居前の忠信・知盛・権太・狐忠信)を三津五郎播磨屋音羽屋に習ったと云う。当然この権太は父菊五郎直伝だろう。必ずしもニンではないが、菊五郎マナーをよく写して実に江戸前のイキのいい権太になっている。ことに「椎の木の場」の権太はワルではあるが子供に甘く、父親の愛情が感じられて、これが「鮓屋の場」への見事な伏線になっている。これ程我が子に優しい権太がその子を犠牲にして迄父への孝行、そしてその父が恩義を蒙った重盛の子維盛への忠義を果たそうとしたところにこの狂言の主題があるのだ。やはりこの場はこの「椎の木の場」から出した方がよりその点が明確になるだろう。

 

菊之助は決して愛嬌のある役者ではないが、今回おくらに甘える場でもあまりべたつかない、程の良い愛嬌が出せており、小悪党としての手強さもあって、見応えがある。所作もキレがあって鯔背。しかも数年前に国立で演じた新三の様な色気もある。このまま最後迄行けば素晴らしい権太になるだろうと見ていたが、弥左衛門に斬られてからのモドリの場は厳しかった。

 

今わの際の苦しい息の下の科白のリアルな部分と、「いがみと見たゆえ油断して、一ぱい喰って帰ったは」などの芝居的な科白の部分が噛み合って流れず、妙な凹凸感を出していて、観ていて芝居に入り込めないのだ。ここは非常に難しいとは思うが、父菊五郎高麗屋は上手くグラデーションをつけて処理して見せてくれる。流石に今回の菊之助はそこまでは出来ていない。しかも時々斬られている事を忘れていると感じさせる部分がある。ここは松緑も喰い足りなかった。少し厳しい意見かもしれないが、「鮓屋」を見せるにはここはどうしても乗り越えなければならない箇所。今後の精進に期待したい。

 

今回最も素晴らしいと感じたのは梅枝の弥助と米吉のお里。この二人の愛らしいチャリ場は、この悲劇的な狂言の中で一服の清涼剤となっている。梅枝の弥助は如何にも義太夫狂言の優男になっており、その所作は軽くそして美しい。弥左衛門に「まず、まず」と云われて維盛として直るところもキッパリとしており、位取りも見事なもの。米吉も勿論美しく、そして今や死語かもしれないが"おきゃん"な魅力を発散していて、実に結構な出来。「兄さん、ビビビビィ」のイキも良く、これ程のお里はかつて観た事がない位のもの。梅枝共々、大手柄だった。

 

萬太郎の小金吾も、若々しい所作と捕手達とイキの合った立ち回りを演じて大健闘。権十郎と橘太郎の夫婦は博多座の時よりも一段彫が深くなっており、文句のない出来。ただ今回の上演とは関係ない事だが、本来弥左衛門の様な役は劇団では團蔵が受け持ってきたもの。最近舞台姿を見ない團蔵、体調を崩しているのではないかと心配になる。正月の国立公演には、元気な舞台姿を見せてくれる事を心から願っている。

 

菊之助には注文つけた形になったが、それ迄の権太が素晴らしかったので、あと一息と云ったところだと思う。菊之助なら近い将来、見事な権太を見せてくれると信じている。