fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

七月大歌舞伎 第二部 海老蔵の『夏祭浪花鑑』、成田屋親子の『雪月花三景』

このブログの主題とは関係ないが、最初にこのニュースにふれない訳にはいかない。安倍元総理が銃撃され、亡くなった。六十七歳だった。どんな理由であれ、人を殺害するなど許されるものではない。真からの怒りを禁じえない。この秋、国葬儀をもって弔われる事となった。安倍元総理の歴史的評価が定まるのは、まだこれからかもしれない。人それぞれに考えや思想があり、100%の共感などまずあり得ない。色々な意見も聞こえてくるが、一つ間違いなく云える事は安倍元総理は我が国憲政史上、最長の在任期間を誇る首相だった。そんな人を国葬で送らないのは、世界からの侮蔑を招くだけだろう。アメリカなどは、大統領経験者は遺族が辞退しない限り国葬で弔われる。今回の岸田総理の判断は妥当だったと思う。しかし国葬で送られても、元総理が蘇る訳ではない。今はただ安倍元総理の御霊の安らかならん事を、祈るのみである。それにしても最近は訃報が多い。悲しい事だ。

 

閑話休題

 

歌舞伎座第二部を観劇。平日故にか二階席に若干空席はあったが、いい入り。コロナは第七波に突入した様だが、先月に引き続き歌舞伎座は賑わいを見せているのは嬉しい事だ。ただ一部・三部が中止になっている。先行きが心配でならない。幕開きは『夏祭浪花鑑』。海老蔵の団七九郎兵衛、右團次の徳兵衛、児太郎のお梶、莟玉の琴浦、廣松の磯之丞、九團次の三吉、市蔵の義平次、齊入のおつぎ、雀右衛門のお辰、左團次の三婦、勸玄君の市松と云う配役。新作や歌舞伎十八番の上演が多い海老蔵だが、古典作品の中では最も上演頻度が高いのはこの狂言かもしれない。

 

今回海老蔵が一番良かったのは、序幕の「住吉鳥居前の場」だ。獄から召し放たれて、床店から髭をさっぱり剃り落とし、首抜きの衣装で出て来たところ、実にいい男でその豹変ぶりの鮮やかさは海老蔵の男ぶりの良さが生かされて実に気持ちがいい。そして右團次の徳兵衛とのやり取り、立て札を使っての立ち回りはイキも合い科白のやり取りもリズムが良く、聴いていて実に心地よい。右團次も見事な科白廻しと所作で海老蔵に対抗しており、ここは抜群に面白い出来。

 

しかし眼目の大詰「長町裏の場」の市蔵の義平次との場は、今一つ喰い足りない。五月の『暫』でも多少その感はあったのだが、以前の海老蔵にあったある種の狂気の様なものが薄まっている。以前の海老蔵だと、この殺しの場は狂気を秘めた迫力ある芝居になっていた。今回は偶発的に起こってしまった殺しの感が強く、そう云う解釈も充分あり得る場だとは思うが、海老蔵がやるなら狂気を発した殺害と云ったテイストを感じさせて貰いたいものだと思う。海老蔵が大人の役者になって来たと云う事なのかもしれないが、元々この優に備わっている鋭気の様なものは、失って欲しくないと思う。

 

今回の芝居で流石の出来だったのは、左團次の三婦と雀右衛門のお辰だ。左團次は何度も演じている当たり役だけに貫禄充分。気骨のある人物像をきっちりと描き出しており、数珠の断ち切り、一本刺しの姿で喧嘩にでかける所も実に迫力がある。これはもう当代の三婦と云っていいだろう。そして雀右衛門のお辰は、本来こう云う鉄火な役どころはニンにない優だと思う。事実四年前に播磨屋の団七、歌六の三婦相手に勤めた時は、喰い足りなかった。しかし今回は鉄弓を顔に押し当てる強さと、それと相反する色気、三婦が磯之丞を預ける事を躊躇う様な艶がある。花道での「ここでござんす」の啖呵もキッパリしていて実に見事。雀右衛門がまた一つ階段を上った様に感じられた。

 

打ち出しは新歌舞伎十八番の内『雪月花三景』から「仲国」。海老蔵の仲国、ぼたんの女蝶の精、勸玄君の男蝶の精、竹松・廣松・男寅・莟玉・九團次の虫の精、児太郎の小督局、種之助仲章、福助の八条女院と云う配役。二年前の新橋で観た時とは構成が大きく変わっている。その際は勸玄君の男蝶の精と福助の八条女院の役はなく、当時の麗禾ちゃんの可愛らしさを見せるだけの狂言だった。今回は福助を出した事により、狂言自体に重みが出た。

 

その福助はやはり右半身が効かない様だが、その風情溢れる所作は流石で、帝の皇女らしい見事な位取りを見せてくれる。ぼたんも二年前より大きく成長し、流石流儀の名前を継承しただけの事はある。年齢に似ずしっかりとした舞踊になっていて、将来が楽しみな踊り手だ。勸玄君も大きくなった。所作もきっちりしており、新之助襲名に向けて準備万端と云ったところか。海老蔵は大勢の役者を従えて千両役者の貫禄を示しているが、最後は派手な群舞になっているのは新歌舞伎十八番としては如何なものかとは思う。元が小督局の悲恋物なので、もう少し哀しみと風情のある狂言にして貰いたいと思う。まぁあくまで個人的な感想ではあるが。

 

五月に続いて短いインターバルで海老蔵歌舞伎座に出てくれたのは非常に嬉しい。九月の秀山祭にも出演が決まっている様なので、今から楽しみだ。今後は間隔をあまり空けずに、歌舞伎の総本山歌舞伎座に出て貰いたいものだと思う。