fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

二月大歌舞伎 第一部 梅玉・松緑の「御浜御殿綱豊卿」、錦之助・左近の『石橋』

今月残る歌舞伎座一部を観劇。入りは三部と同じくらいだったろうか。今一つと云ったところ。今月は二部の入りが一番良かった。流石松嶋屋が一世一代と銘打った知盛が出ただけの事はある。しかし一部も二部に負けず劣らずの大熱演で、これを観ない芝居好きは本当に損をすると筆者的には思える、素晴らしい舞台だった。

 

幕開きは「御浜御殿綱豊卿」。梅玉の綱豊卿、松緑の助右衛門、莟玉のお喜世、歌女之丞の浦尾、松之助の甚内、東蔵の勘解由、魁春の江島と云う配役。当代では松嶋屋と並ぶ綱豊卿と云われる梅玉だが、歌舞伎座で演じるのは何とほぼ三十年ぶりとの事。松緑の助右衛門は初役で、梅玉がオファーしたものだと云う。結論から云うとこの二人の組み合わせが絶妙で、最高としか云い様のない見事な「御浜御殿」になった。

 

時間の関係か、コロナ禍での人数制限の為かは判らないが、幕開きの腰元連中による綱引きの場面と、子役の巡礼の場はカット。幕が開いて舞台の腰元達が引っ込むと、花道から浦尾らに追われたお喜世が出て来る。ここは歌女之丞の浦尾が実に手強い出来で、流石と思わせる。こう云う脇がいいと、芝居がグッと引っ立つと云うものだ。お喜世の持っている手紙を取り上げようと詮議している所に、魁春の江島の出になる。これまた養父歌右衛門を想起させる見事な位取りの芝居で、まだ綱豊卿は出ていないのだが、これはいい狂言になると確信させてくれる。

 

お喜世と江島が引っ込み、浦尾を従えて綱豊卿の出になる。この出からして、ほろ酔いの所作の中に大身の大名としての風格と大きさを感じさせ、この辺りが花形連中には出せない大名題の味である。梅玉の綱豊卿には松嶋屋の様な艶はない。しかしあれは松嶋屋独自のもの。別に将軍後継職たる大名が艶っぽくなければならないと云う訳ではない。自然と醸し出される大きさと位取りの確かさが、これぞ甲府二十五万石、御三家に次ぐ家格の持ち主だと見物衆に得心させるだけのものがあるのだ。

 

舞台が回り東蔵の勘解由が出仕している。綱豊卿が現れ、二人芝居となる。ここで縁戚の近衛関白家を始めとした周囲から浅野家再興を依頼されていながら、内心は仇討を願っている本心を漏らす「勘解由、討たせたいのぅ」に太平惰弱に流れる風潮を嘆き、真の武士道の顕現を願う綱豊卿の心情が垣間見え、しみじみとした実に良い場となっていた。対する東蔵の勘解由も齢八十を過ぎての初役ながら、後の将軍家宣の政治顧問となる人間らしい思慮深さと、綱豊卿に先生と呼ばれる風格とを兼ね備えた見事な勘解由。全く動きのある場ではないが、役者がいいと自然と芝居に引き込まれる。

 

再び舞台が変わり、松之助の甚内に誘われて松緑の助右衛門が登場。田舎侍が御殿に上げられて戸惑っている風がしっかり表出されている。「御浜御殿御座の間」になり、綱豊卿と対峙する事になる。この場での松緑がまた実にいい。若者らしい強情さと生一本なところが所作、科白廻しにきっちり出ている。綱豊卿に「近こう寄れ」と云われても従わず、強情なところを見せる助右衛門だが、次第に綱豊卿の大きさに人間として押されていく。そして頑なに拒んでいたお側近くに駆け寄り、「浅野家再興御内願の儀は」と叫んで泣き崩れる。ここの大きな感情の爆発を伴う芝居は、舞台を素晴らしく盛り上げる事に成功している。それを受けての綱豊卿が「助右衛門、そちゃ俺に憎い口をききおったぞ」と言い残して笑いながら去るところは、流石は甲府宰相と云う大きさを見せて、これまた実に見事。

 

大詰「御浜御殿能舞台の背面」。ここが正に最後の見せ場で、吉良少将と人違いして槍をつっかけてきた助右衛門を押さえての長台詞は全編のクライマックス。ここで松嶋屋は、正に謡うが如き名調子を聴かせてくれる。今回の梅玉も謡い調子ではある。しかし松嶋屋のそれとは截然と違っている。松嶋屋は無理やり音楽に例えればスラーが多く、所謂レガート主体の例えるならヘルベルト・フォン・カラヤン調である。対する梅玉は一語一語打ち込む様な迫真力と、強迫と弱拍のメリハリがあり、こちらは例えればヴィルヘルム・フルトヴェングラーの様だ。この両名人の違いは実に興味深く、どちらも見事なものである。やはり演じ方は一通りではなく、これが唯一無二の正解と云うものはないのだと、改めて感じさせてくれた。

 

最期に莟玉のお喜世は、初役乍ら手一杯の出来で好感が持てたが、「御浜御殿御座の間」で綱豊卿と助右衛門の比較的長い二人芝居の間、肚で受けておらず、ただ黙って座って手持無沙汰に見えたのは残念。ここは為所がなく難しい場だと思うが、少ない所作に心の動きを見せられる様になって貰いたいと思う。しかし総じて実に見事な「御浜御殿」で、一時間半の間まんじりともせず舞台に引き付けられた、素晴らしい芝居であった。

 

打ち出しは『石橋』。筆者が観劇した日は鷹之資が休演だったのが残念だが、その分錦之助と左近が大奮闘。筋書きで錦之助が「老体に鞭打って頑張ります」と発言していたが、いやいやどうしてこの優らしいきっちりした所作、優雅さ迄感じさせる毛振りで、流石の大きさを出していた。対する左近は若々しいきびきびした所作に好感が持てる。指先迄しっかりと神経が行き届いており、流石舞踊の名手松緑のDNAを感じさせる仔獅子。満場大きな拍手の内に幕となり、実に後味の良い打ち出し狂言となった。

 

今月一番の感銘を受けた歌舞伎座第一部。休演や代役が多く、コロナは予断を許さない現状だが、来月も無事芝居の幕が上がる事を心から願っている。