fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

十月大歌舞伎 第一部猿之助の「小平次外伝」、松也・笑也・新悟の『俄獅子』

十月大歌舞伎が開幕。緊急事態宣言も明け、コロナ感染者も急激に減って来ている状況になっている。明るい兆しが見えて来たのだろうか。宣言が解除されたので、緩みによりまた感染者が増えて行くのかどうかは、二週間位たたないと判明しないだろう。ワクチンの効果を信じたいところだ。そんな中歌舞伎座一部を観劇。大入りとまでは行っていなかったが、結構な入りだった。

 

幕開きは『天竺徳兵衛新噺』。猿之助四十八撰の内で、初演は五時間以上あった大作。今回はその中で小平次に焦点を当てて一時間に纏め直して上演。猿之助がおとわと小平次の二役、巳之助の多九郎、米吉のおまき、男寅の磯平、橘三郎の正作、寿猿の満寿兵衛、松也の十郎と云う配役。最近立て続けに澤瀉屋の家の芸に挑み続けている猿之助。今回も見事な芝居を見せてくれた。

 

「天竺徳兵衛」と云っても、今回は徳兵衛は全く出てこない。「小平次外伝」として、小平次に纏わる怪談噺だ。所謂「生きている小平次」に当たる部分。怪談噺と云っても先月の「四谷怪談」の様な暗さはなく、神出鬼没な小平次の幽霊を見せる、ケレン的な要素が多いところが澤瀉屋である。肚のいる芝居ではないので、肩が凝らずに素直に楽しめる狂言。こう云う芝居もたまには良いし、歌舞伎の一側面だと思う。

 

筋としては、女房おとわを置いて一人旅をしている小平次。その留守中に多九郎とおとわがデキてしまい、夫婦同然に暮らしているところに小平次が戻って来る事によって引き起こされる騒動を描いている。邪魔な小平次をおとわと多九郎が共謀して殺害、沼に埋める。しかし小平次が幽霊となって出て来て二人に意趣返しをすると云う噺だ。ケレンを駆使して、最後は宙づりもある。正に澤瀉屋ワールド全開な狂言だ。

 

猿之助は人のいい小平次と、性悪な悪女おとわを見事に演じ分けている。幽霊になって意趣返しをすると云ってもそこは好人物の小平次、妄執の様なものは感じられず、どことなく陽気な幽霊。そして今回特に際立っていたのはおとわ。やっている事は極悪非道なのだが、どことなく愛嬌があり、しかも仇っぽい。いかにも男好きのする女で、色男の多九郎は自分がモノにしたと吹聴しているが、実はおとわの手のひらの内なのではないかと思えてしまう。猿之助が演じているので美女ではないのだが、実にいい女になっている。性格は最悪だが(笑)。

 

脇では色男ぶっていて、実はおとわに誑かされている多九郎を巳之助が好演。中々結構な小悪党ぶり。そして何より嬉しかったのは卒寿を超えた寿猿の元気な姿が見れた事。科白も足取りもしっかりしていた。これなら百歳迄も大丈夫ですよね、澤瀉屋。筆者は初日に観劇したのだが、途中蚊帳を吊る場で金具が落ち、一度幕を閉めてやり直すと云った初日ならではのハプニングもあった。猿之助がすかさず「安普請はこれだからいけない」と見事な切り返し。堂々たる座頭の貫禄を垣間見せた場面だった。狂言全体を一時間ちょいに手堅く纏め、展開もスピーディーで楽しめた一幕であった。

 

打ち出しは『俄獅子』。松也の鳶頭、笑也・新悟の芸者と云う配役。またまた筆者好みの舞踊で〆るパターンににんまり。割合自由度の高い舞踊なので、時節柄か鳶頭一人に芸者二人のコンパクトな構成。幕が開くと桜が目も鮮やかな吉原仲之町。花道の出は使わず、舞台中央から三人がせり上がってくる演出。松也の鳶頭はキリっとした実にいい男だが、鯔背な感じと色気に欠けていたのが少々残念。しかしそれを補っていたのが、芸者の二人。実に艶っぽく、そして柔らかい。新悟は女形としては大きなハンデであろう長身を上手く殺しており、笑也は還暦を過ぎているとは思えない美しさ。二枚扇を使った二人の連れ舞は実に見事で、いい打ち出し狂言となっていた。

 

今月はこの後歌舞伎座と国立を観劇予定。御園座の大和屋も観たかったのだが・・・。