fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

八月花形歌舞伎 第一部 猿之助六役早替りの『加賀見山再岩藤』

歌舞伎役者の中でもコロナに感染する人が数名出てきているが、八月花形歌舞伎の開幕直前に何と猿之助が感染。初日より巳之助が代演で勤めてきた第一部。幸い猿之助は無症状との事だったのでもっと早い復帰もあるかと思っていたが、20日からの登場となった。筆者は観ていないが、20日に浅葱幕が上がり猿之助が登場すると、万雷の拍手だったとの事。猿之助にとっては二日目にあたる21日に観劇。客席はいい入りだった。

 

演目は猿之助四十八撰の内『加賀見山再岩藤』。猿之助が岩藤を始めとして六役を早替りで勤め、代演で奮闘した巳之助が本役に戻り又助、男女蔵の帯刀、亀鶴の一角、男寅の花園姫、鷹之資の主悦、笑三郎の浦風、笑也のお柳の局、門之助の求女、雀右衛門の尾上と云う配役。元が四時間はかかる大作を、今回は二時間弱に凝縮したダイジェスト版だ。

 

筋を通しただけで風情がないと云う劇評もあったが、それはヤボと云うものだろう。作っている猿之助自身、そんな事は百も承知のはずだ。半分に縮めているのだから、筋を追うだけになる部分が出て来るのは致し方ない事。無理ならやらなければいい、他にも演目はあると云うご意見もあろうが、こんな制約下だからこそ挑んでみたいと云う、猿之助澤瀉屋精神がいかにも歌舞伎らしくていいと筆者は思う。

 

兎に角上演時間半分の短縮バージョンである。発端の「大乗寺花見の場」から「浅野川川端の場」迄は筋を追うだけ。とにかく忙しい。しかしこのスピード感は現代的とも云える。肚のいる芝居はなくなってしまっているが、役者も花形ばかりであるし、これはこれでありだとは思う。この場は猿之助の早替りの鮮やかさを見せる場だ。

 

しかし「花の山の場」で雀右衛門が花道から出て来ると、ぐっと大歌舞伎の雰囲気になる。今回筆者は花道の脇で観たのだが、間近で見る雀右衛門と云う役者は、実に風情がある。派手な芸風ではないが、今は亡き名人先代京屋の薫陶を受けて芸を磨いてきた当代。見事に大歌舞伎の雰囲気を身にまとっている。そして「骨寄せ」のおどろおどろした場から舞台が一転明るくなり、猿之助扮する岩藤が宙乗りでその場を去るところなぞは座頭役者の華と貫禄たっぷり。これぞ歌舞伎と云った場面で、実に見せる。

 

そして眼目「多賀家奥殿の場」。所謂「草履打ち」だ。短縮バージョンの今回だが、ここは流石にたっぷり演じる。この場での猿之助扮する岩藤と、雀右衛門扮する尾上のシテとウケの芝居は実に見ごたえがある。これでもかと尾上を苛めぬく岩藤と、それにじっと耐える尾上。ここはもうすっかり大歌舞伎だ。二十歳程も歳が離れている二人だが、猿之助の芝居が実に手強く、格の差など全く感じさせない五分の勝負。コロナ禍の中で、猿之助が一回りも二回りも大きく太くなった様に感じられた。

 

続く「多賀家茶室の場」における笑也のお柳の局と猿之助の弾正との命をかけたやり取り、そして弾正から隼人への早替りの鮮やかさ。ただ扮装を替えるだけでなく、手強い悪役から爽やかな隼人への性根も替わる芝居は実に見事。先の場に続き、ここも見ごたえがあった。実はお柳の局の兄であったと云う巳之助の又助も、きっぱりしていて且つニンでもあるので、これまた結構な出来。

 

最後は岩藤の霊を退治し、お家の重宝金鶏の香炉も取り戻して、めでたしめでたしとなる。出演者うち揃って客席に挨拶する中で、中央の座頭猿之助は感慨一入に感じられた。兎に角猿之助大奮闘の第一部。制限下にある客席も熱気に溢れており、実に結構な八月花形歌舞伎第一部であった。

 

今月残る大和屋の南座公演と歌舞伎座第三部は、また別項にて綴りたい。