fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

五月大歌舞伎 第三部 歌六・雀右衛門の『八陣守護城』、菊之助の『春興鏡獅子』

残る歌舞伎座第三部を観劇。入りは二部より良好。今月の入りとしてはあくまで筆者が見物した日に限るが、一番良かったのは一部、次いで三部だった。二部の様な名人による古典の入りが悪いのは残念。最近同様の傾向が見られる様に思う。名人芸をより多くの人に見てもらうには、花形の新作と大幹部の古典を組合わせて上演するなどの工夫が必要かもしれない。観ればきっとその良さが判ると思うのだが・・・

 

幕開きは『八陣守護城』。歌六の正清、雀右衛門の雛衣、種之介の軍次、吉之丞の玄蕃と云う配役。元々播磨屋の正清だったが、ご存じの様に病気療養中。代って播磨屋の番頭格歌六が正清を勤めた。当代では我當が当たり役にしており、昨年十三世仁左衛門の追善公演でも上演されたのは記憶に新しい。

 

播磨屋が筋書きで「こう云う芝居は理屈なしに、大まかに演技しなければならない」と語っていたが、正にその通りだろう。こう云う役は技巧よりもニンと大きさで見せるもの。その意味で当代屈指の技巧派歌六には向かない役であったと思う。背景としては二条城での家康と秀頼の会見を成功させた清正が、家康に毒酒を呑まされて殺されたと云う伝説に基づいている。昔は巷間知らぬ者なしのエピソードだったろうと思うが、今や何それと云う感じだろうと思う。

 

背景を知っていたとしても、芝居としてさして面白いものではない。それを見物が満足する狂言として見せるには、やはり座頭役者の格と大きさが必要になる。歌六は科白廻しもしっかりしていたし、毒酒を呑まされながらも間者を斬り倒すところキッパリとして芝居としては見事に腕を見せてくれている。しかしこの役が本来持っているところの大きさが出てこない。歌六の健闘は認めつつも、やはり播磨屋で観たかったと云うのが本当の所だ。

 

脇では雀右衛門が大名の姫君としての気品と、意外に(失礼)達者な琴の腕を見せてくれていて、流石と云ったところ。しかしそれとてこの狂言を面白くする迄には至っていない。当代こう云った芝居を面白く見せられるのは播磨屋高麗屋、もう少し若いところでは芝翫なら出来るかもしれない。そう、一度芝翫で観てみたい狂言だと思った。

 

打ち出しは『春興鏡獅子』。菊之助の弥生後に獅子の精、彦三郎の十太夫、米吉の吉野、萬次郎の鳥井、楽善の五左衛門、亀三郎・丑之助の胡蝶の精と云う配役。菊之助襲名でも演じた当たり役だ。大和屋のイメージもあるが、意外な事に歌舞伎座ではもう三十年以上演じていない。多分もう踊る事はないだろうと思う。近年では何と云っても亡き勘三郎が度々演じて高評価を勝ち得て来た演目。しかしその勘三郎も亡くなったとあっては、この狂言は完全に花形世代に託されたと云ってもいいだろう。

 

花形世代では幸四郎海老蔵、そして菊之助が度々演じている。勘九郎七之助猿之助も踊ってはいるが、回数は多くない。いずれまた演じる機会もあるとは思うが、当代ではまず上記三人の上演回数が抜きんでている。中でも特に筆者のお気に入りは幸四郎だ。

 

過去演じて来た名人達に必ずしも共通していないのだが、筆者的にはまず弥生の時の美しさが必須なのだ。勘三郎の踊りは見事なものだったが、弥生の間が美しくはない。これは踊りの形を指しているのではなく、単純に女形としてのビジュアルの事だ。その点幸四郎菊之助は純粋に美しい。そしてただ美しいだけなら若手花形でもいいだろうが、付け加えてこの二人には踊りの上手さがある。

 

ことに今回の菊之助の踊りは見事なもの。川崎音頭に合わせた手踊りの形の美しさ。しっかり腰が落ちていて、きっちり女形舞踊の形が出来ている。指先の柔らかな線の素晴らしさ、二枚扇を使った踊りの流れる様な所作。間然とするところがない。そして獅子頭に曳きづられて花道を入る時の儚さ迄感じさせる動きは、正に弥生そのものだ。

 

そしてクライマックス、獅子の精の毛振り。今回はことにここが良い。海老蔵の様な豪快な味は薄いが、優美でありながら非常にキレが良く、例えは妙だが実にイケメンな毛振り。海老蔵だとマッチョ感が漂うのだが、菊之助だと幸四郎のそれに近い。真女形だとここが力感の不足を感じさせる事もある。しかし菊之助はその点でも過不足なく、且つ美しい。力強く豪壮に振るのだけが毛振りではない。今回の菊之助の様に力感と美しさが同居する獅子の精は、中々観られるものではないと思う。その意味で当代では幸四郎と双璧を成す見事な「鏡獅子」だった。大向うがかけられない客席も大いに沸いていて、見物衆も大満足であったと思う。

 

脇では久しぶりに楽善の姿が観れて、一安心。立ち上がる時に彦三郎の手を借りてはいたが、矍鑠としたところを見せてくれた。萬次郎も加えてこの一家は皆本当に声が素晴らしい。胡蝶の亀三郎・丑之助も実に可憐で、しっかりお稽古してきましたと云ったところ。菊之助も昔海老蔵と共に父音羽屋相手に勤めたと云う胡蝶。こうやって歌舞伎と云う芸術は次世代へも受け継がれて行くのだろう。

 

来月は歌舞伎座に加えて久々に国立で鑑賞教室もある。緊急事態宣言は延長され、千之助がコロナに感染したと云う知らせも入ったが、無事開幕される事を願ってやまない。