先日私の平成29年歌舞伎ベスト10を書いたが、それ以外でも印象に残った芝居をいくつか書き記しておきたいと思う。
まず最初に
壽新春大歌舞伎より。猿之助の踊りは本当に素晴らしい。特にこの『黒塚』は、老女岩手実は安達原の鬼女の妄執の深さとその孤独を、踊りの内に表出して余すところがなかった。怪我からの完全復帰を願ってやまない。
次は3月から
三月大歌舞伎より。松嶋屋の知盛はまずその風姿のすっきりした形に引きつけられる。播磨屋の様な豪快さには欠けるが、全身血まみれの大詰めでも、どこか爽やかな印象で、全てを義経に委ねて安堵しつつ入水する知盛の心情が鮮やかに表出されて、お見事。
同月の出し物から
彦三郎襲名に向けての試金石となる様な亀三郎の善左衛門が、意気地を貫く一本気な若侍を好演。この優の声は本当によく通っていい。そして何と云っても当代一の殿様役者梅玉の池田光政が、悠揚迫らざる大きさを出していて、印象深かった。
次は8月公演から
『刺青奇偶』 中車他/歌舞伎座
八月納涼歌舞伎より。長谷川伸の新歌舞伎。玉三郎演出。中車は時代物では無理があるけれど、こう云う新歌舞伎ではいい味が出せる様になってきた。でも一番印象に残ったのは染五郎の鮫の政五郎。本来ニンにない役だが、親分の貫禄を見せて台詞まわしも重厚感があった。幸四郎襲名に向け、急速に芸の幅を広げている印象を受けた。
次は10月公演
芸術祭十月大歌舞伎より。この演目には意表をつかれた。まさか菊之助がインドとは・・・。芝居としては冗長なところもあり、今後手を入れる必要があるとは思うが、まず幕開きの絢爛たる舞台には目を奪われた。菊之助の迦楼奈はニンにも合い、好演だった。七之助の鶴妖朶王女に対する義理立ての動機付けの弱さなど弱点もあるけれど、再演を期待したい出し物だ。
最後に12月公演
『らくだ』 中車他/歌舞伎座
十二月大歌舞伎より。一昨年染五郎・松緑でも観たが、こちらも楽しめた。亀蔵のらくだの宇之助の怪演も笑わせて貰ったが、特筆したいのは橘太郎の家主幸兵衛。柱によじ登る大サービスぶりで、場をさらっていた。この優は何をやらせても上手い。こう云う人が地味に大歌舞伎を支えているのだと、改めて実感。
最後に一言。このブログでまだ一度も名前を出していないのが海老蔵。本来大好きな役者で、その身体から醸し出すオーラは他の追随を許さない唯一無二の存在であると云う認識は変らない。だが、昨年は奥様の事もあったせいか、今一つ印象に残る芝居がなかった。中では正月の『源平布引滝 義賢最期』の迫力は流石と思わせるものがあったけれど。期待された『助六』も『加賀鳶』も今一つ。本来のポテンシャルはこんなものではないはず。今年はより一層奮起して頂き、素晴らしい舞台を観せて欲しいと切に願う次第。
以上、ベスト10以外の印象に残った芝居を思いつくまま書いてみました。