fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

吉例顔見世大歌舞伎 夜の部 莟玉襲名の「菊畑」、高麗屋親子の『連獅子』、時蔵・鴈治郎の『市松小僧の女』

十一月歌舞伎座夜の部を観劇。その感想を綴る。

 

幕開きは「菊畑」。梅丸改め莟玉の襲名狂言だ。莟玉の虎蔵、梅玉の智恵内、芝翫の鬼一法眼、鴈治郎の湛海、魁春の皆鶴姫と云う配役。東西の成駒屋系が揃って莟玉の襲名を寿ぐ。いい狂言だ。梅丸改め莟玉は梅玉の養子となって高砂屋の後継者となった。美貌の若女形だが、今回は前髪若衆に挑んだ。

 

何と云っても素晴らしかったのは、梅玉の智恵内だ。25年ぶりの様だが、やはり名人には関係なかった。その糸に乗った所作、若々しい身のこなし。いかにも義太夫狂言の奴らしい味わいがあり、比べて申し訳ないが、去年観劇した松緑より数段上回る見事な智恵内。古希を過ぎている梅玉だが、いつまでもこう云う若々しい役が似合う。後継者も出来て、益々意気盛んと云ったところか。今後もその素晴らしい芸を見せて欲しいものだ。

 

芝翫鴈治郎も見ごたえがある。ことに芝翫義太夫味もあり、芸容の大きさも身に着け始めている。「熊野育ちとあるからは」の義太夫とシンクロする科白回しには、聞き惚れるばかりだ。鴈治郎の湛海も手強い出来。小柄な鴈治郎がこう云う悪役を演じると、寸が伸びた様に大きく見える。これが芸の力だろう。

 

魁春の皆鶴姫は、流石に莟玉の虎蔵に想いを寄せる姫君と云う役は、釣り合いが取れないが、その所作は糸に乗り、見事な義太夫狂言の姫様になっている。ここいらも練り上げられた芸だろう。莟玉の虎蔵は生来の美貌を生かして、美しい若衆ぶりだが、本来が女形の人なので、所作が柔らかすぎる。源家の若大将なのだから、前髪とは云ってももう少しキッパリとした所が欲しい。養父梅玉が十八番にしている役なので、その芸を受け継いで行って欲しいものだ。狂言半ばに出演役者揃っての襲名ご披露があり、盛大な拍手を浴びていた莟玉の今後に期待したい。

 

続いて『連獅子』。幸四郎の右近、染五郎の左近、萬太郎の蓮念、亀鶴の遍念と云う配役。これが一番のお目当てだったが、期待に違わず素晴らしい出来。この親子の『連獅子』は去年南座の襲名でも観たが、染五郎の踊りがその時よりも一層良くなっている。とにかく身体が動くし、指先までピンと神経が行き届いて、非常に凛々しい。そしてその生来の気品は、比べる者はない。親父さんとのイキもぴったりで、ここまで見事に揃った『連獅子』は、観た事がないくらいだ。

 

幸四郎の右近は、勘三郎亡き後はもう天下一品だろう。今更私が何か云う事もない。美しくも力感に溢れ、大きさも加わり正に当代の右近。勇壮無比の毛ぶりが終って客席が明るくなった後も、暫くどよめきがやまなかった。圧倒的な『連獅子』だった。間狂言の萬太郎と亀鶴も軽妙で、客席大いに沸いていた。ご見物衆も大満足の出来だったろうと思う。

 

打ち出しは『市松小僧の女』。時蔵の千代、鴈治郎の又吉、芝翫の与五郎、團蔵の重右衛門、齊入の伊兵衛、秀太郎のおかねと云う配役。池波正太郎原作の世話物だが、筆者は初めて観た。初演以来42年ぶりの再演と云うから、そりゃ観た事がないのは当然。しかしこれがまた中々の佳品だった。

 

劇団の立女形時蔵を始めとして、齊入・團蔵秀太郎と手練れが揃って、見事な世話の味を出している。男勝りな時蔵の千代と掏摸の腕はあるが、力はからっきしな鴈治郎の又吉との組み合わせがニンに合い、実にいい。義妹に遠慮して実家を出て又吉と夫婦になる千代。その心情を理解して、何くれとなく気に掛ける番頭の伊兵衛。そして娘に厳しく接しながらも親の真情が滲む重右衛門。中でも光ったのは、道場の妹弟子である千代の為に、同心としてお縄にしなければならない又吉を許す与五郎を、軽くさりげない芝居で魅せた芝翫。心に沁みるいい世話狂言だった。実は『連獅子』が終った後に、満足したのか帰路につくお客もいたのだが、これを観なかった人は、大分損をしたと思う。こう云う滋味溢れる芝居をもっと観たいものだ。

 

義太夫狂言あり、舞踊の大作あり、世話物ありのいい狂言立てだった夜の部。今月はこの後昼の部も観劇予定。その感想はまた別項にて綴る事にする。