fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

八月納涼歌舞伎 第三部 大和屋・中車・七之助の『新版 雪之丞変化』

八月納涼歌舞伎第三部を観劇。その感想を綴る。

 

今まで何度も映画や舞台になってきた三上於菟吉原作の「雪之丞変化」。何と云っても長谷川一夫が決定版だが、筆者的には大川橋蔵も印象に残る。その作品に大和屋が挑んだ。しかも換骨奪胎して、今までとは全く違う色合いの作品に仕上げている。良し悪しはともかく、大和屋の壮大な挑戦と云えるだろう。

 

配役は大和屋の雪之丞・浪路、七之助の星三郎、中車が菊之丞・三斎・孤軒老師・一松斎・闇太郎の五役を兼ねる。但しこの中で、大和屋の浪路、中車の一松斎は映像のみ。そう、本作は舞台と映像を融合させた作品なのだ。しかもかなり大胆に取り入れている。そして七之助が演じた星三郎は、長谷川版にも大川版にも出てこない。おそらく七之助への当て書きだろう。ことほど左様に、今までの「雪之丞変化」とは違っている。これをどう考えるかで、今作の評価は変わってくると思われる。

 

幕開きは女形である雪之丞が「先代萩」を舞台で演じているところから始まる。八汐は星三郎の七之助。一部で七之助が政岡を演じているのを意識した上での演出。中々粋だが、ほんのさわりだけなので、どうと云う事はない。床下も付いていて、仁木は中車扮する菊之丞。一部の感想はまた別途綴るが、幸四郎が昼に演じているだけに比較されてしまうのが気の毒。頑張ってはいるが、やはり幸四郎の様にはいかない。ただ揚幕に入った後も映像が中車を追っていて、普段見られない奈落の様子などが舞台のスクリーンに映し出されたのは面白い趣向。

 

細かく筋を追っていくと長くなるので割愛するが、国元において悪人土部三斎の企みで両親が不慮の死を遂げ、女形になった息子雪之丞がその復讐を遂げるストーリー。そこに芸道話しが加わってくる。この世に役者と云う存在は必要なのか?復讐の為に自分は生きているが、本望を遂げたら自分と云う人間は何もなくなってしまうのではないか?と云う懊悩があり、それを度々師匠の菊之丞や先輩の星三郎にぶつける。これがこの芝居の大きなテーマだ。

 

しばしば映像のみで進行したり、実際に舞台で演じている役者と映像に映っている役者がやり取りをしたりする。歌舞伎劇の演出としては非常に斬新だが、必然性があったのかと云えば少々疑問。二次元と三次元のやり取りでは、どうしても芝居の肚が薄くなる。特に浪路を映像のみにしてしまっているので、原作にある復讐の為に犠牲になる浪路の悲哀が出てこない。雪之丞と浪路の悲恋物語は映画などでは大きな見せ場になっているので、残念だった。どちらの役も大和屋が兼ねているので、難しいとは思うが、例えば七之助に浪路を兼ねさせる様な行き方もあったのではないか。

 

途中これまた映像で「鷺娘」や「道成寺」が映し出されたり、七之助と「籠釣瓶」や「二人椀久」を演じたりする趣向もあるが、いずれもさわりのみでどうしても喰い足りない思いが募る。特に第一幕は盛り上がりに欠け、寂しい出来だった。しかし第二幕にになると、復讐に向けてぐんぐん近づいて行く緊迫感があり、純粋に芝居としての面白味が増してくる。特にこの幕から登場する中車の闇太郎は五役の中でも出色の出来で、雪之丞に浪路を利用して復讐を成就させる智恵を授ける辺り、世話の味をしっかり出せていて実にいい芝居になっている。仁木では未だしの感があった中車だが、歌舞伎役者としてのこの優の大きな進歩を見た思いだ。これがこの芝居の一番の収穫だったかもしれない。

 

最後は見事本懐を遂げて悲願成就となる。そして師匠菊之丞に、立派な役者としてこの後の人生を生きるのが一筋の光なのだと諭され、復讐のみでない役者としての自分の人生を見出す。幕引きは、かなめや芝のぶ以下を従えての「元禄花見踊」。ここを不要だったとする劇評もあったが、筆者の感想は真逆。立派な役者として生きる人生を見出した雪之丞の姿を印象づける、見事なエンディングだったと思う。そしてまたこの「花見踊」が実に素晴らしい出来なのだ。確かにたっぷり踊っているので、芝居の幕引きとしては、必要以上に長い。しかし今までの芝居の中で、立女形大和屋の歌舞伎役者としての芸がさわりだけしか見られなかった空腹感を埋めて余りある、見事な踊りだった。

 

全体として大和屋の目論見が完全に成功したとは云えないが、現代に生きる歌舞伎劇の一つの行き方を提示したかったのだと思う。その他脇では七之助は途中死んでしまう事もあり、存在感が薄い。しかも大和屋の先輩役者と云う役回りは年齢的にも無理があり、気の毒ではあった。中車は上に記した通りだが、五役の中で闇太郎に次ぐ出来だった一松斎が映像のみだったのが惜しまれる。この役はしっかり芝居で見たかった。狂言回し的な役割を担ったやゑ六の鈴虫は、まだ荷が重かった。今後の精進に期待したい。

 

残る第一部の感想は、また別項にて。