fabufujiのブログ~独断と偏見の歌舞伎劇評~

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

四月大歌舞伎 時蔵・雀右衛門 ・錦之助の「野崎村」

歌舞伎座昼の部を観劇。まず素晴らしかった『新版歌祭文』から。

 

時蔵のお光、雀右衛門のお染、錦之助の久松、又五郎の小助、門之助の佐四郎、歌六の久作、秀太郎のお常と云う的を得た配役で、素晴らしい一幕になった。

 

今回は40年ぶりと云う「座摩社」から出た。勿論筆者は初めて観る。参詣人で賑わう座摩神社に久松と小助がやって来る。小助は仮病を使って久松を掛け取りに追い払い、インチキ占い師法印と示し合わせて佐四郎から金を巻き上げる。この場の門之助は、正につっころばしの適役で、女形からキリストまでもこなせるこの優の幅広い芸域に、改めて感心させられた。

 

又五郎の小助は小悪党で、上方の所謂じゃらじゃらした感じは希薄だが、芝居巧者らしい達者な所を見せてくれる。結局掛け取りの金をすり替えられて、久松に横領の疑いがかかる事になる。確かに大して面白い場ではないのだが、これがあると、後の「野崎村」にすんなり入っていける。たまには出した方が良いだろう。筆者も初めて観たので、なる程そう云う前段だったのかと思わされた。

 

そして「野崎村」の場になる。今回は「座摩社」から出た関係で、「野崎村」の序章とも云うべき所謂「あいたし小助」がカットされずに出た。短い場だが、金の弁償を迫ってきた小助に久作が銭を渡して追い返し、久松にお光の祝言を承諾させる迄が描かれている。いつも「野崎村」はお光が浮かれながら出てきて大根を切る所から始まるが、ここがあると、お光がうきうきしている意味が通る。とても良かったと思う。

 

「久作住家の場」の五人(お光・お染・久松・久作・お常)は正に全員が本役で、素晴らしいアンサンブルを見せてくれた。時代物の義太夫狂言では今一つ良さが出ない時蔵だが、こう云う世話物になると無類。実に愛らしく、そして儚げなお光。筆者は今までこの役は福助が一番だと思っていたが、いやいや時蔵素晴らしい。久松との祝言が決まり、浮かれているところへ、お染が久松を訪ねて来る。悋気からお染を締め出すのだが、ここが実に可愛らしい。久松と久作が出てきて、お光が久作に灸を据えるが、気持ちは戸外のお染に行っている。ここなども実に上手い。

 

お光と久作が引っ込んで、お染・久松の場になる。錦之助得意の白塗り二枚目役。色気もあり、そして何より憂いを含んだその所作、佇まい。錦之助、還暦を迎えたとはとても思えない見事な前髪若衆ぶり。そして雀右衛門 がこれまた得意の娘役で、久松への一途な想いが客席にもしっかり届く。

 

死を覚悟した二人を見て、お光は身を引く決心をし、髪を下ろす。お常の出になり、金を久作に渡して久松には店に帰る様諭す。秀太郎もこう云う役をさせれば当代無双。いかにも大店の後家と云った雰囲気を自然に醸し出している。そしてお染・久松の引っ込みになるが、今回は両花道を使った演出。新鮮で、これも良かったと思う。

 

そして駕籠で去っていく久松を、涙を必死に堪えながら見送ったお光が数珠を取り落とし、それを久作が拾う。そこで今まで必死に抑えていた想いが一気に溢れ出し、久作の胸に縋り付いて号泣するお光。誰がやってもする事は同じだが、今回の実に愛らしい時蔵のお光は、その愛らしさ故に哀れさ一入で、観ていて筆者は涙を堪える事が出来なかった。

 

情深い歌六の久作も含めて、北野監督の『アウトレイジ』の宣伝文句「全員、悪人」ではないが、正に「全員、本役」。ここまで本役の役者が揃う狂言も珍しい。本当に素晴らしい「野崎村」だった。長くなったので、その他の狂言はまた別項で綴る。