fabufujiのブログ

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

歌舞伎座十一月 吉例顔見世大歌舞伎 播磨屋、音羽屋の『楼門五三桐』猿之助の『法界坊』

歌舞伎座まず夜の部の感想を綴る。

 

幕開きは『楼門五三桐』。播磨屋の五右衛門、音羽屋の久吉の黄金コンビ。流石に播磨屋は大きい。15分程度の狂言だし、筋もあってなきが如しなので完全に役者ぶりだけを見せるもの。この大きさは若い役者には出せない。70年近い芸歴が醸し出す見事な役者ぶり。音羽屋も殆ど科白はないのだが、風情だけで見せる。ただ筆者は3階席で観劇したのだが、播磨屋の声量が若干落ちている様に思われ、聞き取り辛いところがあったのは心配だ。

 

続いて雀右衛門の『文売り』。これも20分弱の短い舞踊。梅の小枝を担いで現れたところ、こちらも何とも云えないいい佇まい。雀右衛門の舞踊は大和屋の様な妖艶さはないが、きっちりしていながらも柔らか味があり、観ていて本当に心地よい。こう云う舞踊を挟んでくれるプログラムは、個人的に好みである。いい踊りだった。

 

最後はいよいよ猿之助の『法界坊』。云わずと知れた亡き勘三郎の当たり狂言。今でもその愛嬌溢れる姿が目に浮かぶ。それは観客席の多くの人達にも共通の事だったと思う。しかし猿之助は見事に、澤瀉屋型の法界坊が現代に引き継がれた姿を見せてくれた。

 

八月の納涼歌舞伎でも感じた事だが、猿之助と云う役者は天性のエンターテイナーだと思う。客の喜ぶツボを知っている。この狂言でも第二場「大七座敷の場」での歌六の甚三にやりこめられる場面での芝居は、多分にアドリブも入れて大いに客席を沸かせていた。歌舞伎の領域を超えてしまう部分もなくはないが、その点でも亡き勘三郎を想起させる。『ワンピース』などへの挑戦を見ていると、やはり野田秀樹宮藤官九郎まで歌舞伎に取り込んだ勘三郎を意識しているのではないだろうか。今月は平成中村座勘三郎の追善が行われているが、猿之助は心の中で勘三郎への追善の気持ちを込めているのではと、筆者には感じられた。

 

最後の大喜利隅田川渡しの場」はこの狂言のクライマックス。雀右衛門のおしづが伝法な味を出していて、素晴らしい出来。落語の名人先代桂文楽も云っていたが、渡し守や船宿のおかみと云った女性像は、こう云う伝法でなければならない。姫役を得意とする雀右衛門だが、ただそれだけの役者ではないところを見せてくれた。

 

最後は怨霊となった法界坊も観世音の功徳に破れ、退散して幕。猿之助得意の宙乗りもあり、客席やんやの喝采だった。脇では歌六の甚三が美味しい役で、初役とは思えない見事な出来。右近のおくみも美しく、大店の娘らしい品もあり、好演だった。二時間にも及ぶ芝居だったが、長さを感じさせず、大いに楽しめた。

 

長くなったので、昼の部はまた別項で綴る。