fabufujiのブログ

自分で観た歌舞伎の感想を綴っています

二月大歌舞伎 夜の部 新幸四郎の『熊谷陣屋』

夜の部も観劇。その感想を綴る。

 

夜の部は、昼の部より更に充実していた。

 

まず『熊谷陣屋』。新幸四郎にとっては二度目らしいが、いい熊谷になった。お父さんや叔父さんの熊谷と違い(この二人もそれぞれ違う熊谷像を創出しているのは以前書いたが)、すっきりとした若々しい現代的な熊谷。それを不満に思う向きもあるだろうが、実年齢を見ると、一ノ谷の合戦時、熊谷は43歳。今の幸四郎の年齢とほぼ同じなのだ。

 

その意味で、よりリアルな人間像を描けていた。花道の出はお父さんや叔父さんほどの胆は感じられないが、珠数が刀に当たる音で我に帰り、珠数を掴んで袂に入れて決まる形がきっぱりしていて実にいい。

 

二重に上がって正面を向いたところの顔の小ささは、身体的なもので是非もないが、藤の方を抑えての軍物語が、義太夫味は薄いもののいい台詞まわしで、名調子を聴かせてくれる。平山見得もきっちり決まって形が良い。

 

後半の首実験も、この熊谷が置かれているギリギリの立場が、英雄的な味が薄い分よりリアルに表出されていて、この優らしい熊谷になっている。制札の見得も豪快さは薄いが、すっきりした若々しさで見事。

 

相模への首渡しも、妻に対するすまないの思いが滲み、同行した私の友人は涙ぐんでいた。花道の「夢だ、夢だ」も、子を失った熊谷の絶望の深さを、過度に泣きあげず表現して流石の技量。この引っ込みが狂言中で一番素晴らしく、余韻が残る幕切れになった。

 

菊五郎義経左團次の弥陀六は天下無敵の正に本役。ただ音羽屋の義経は貫禄たっぷりなので、幸四郎の熊谷との歳の上下は、史実と逆に見えてしまうけれども。春の相模はもう完全に手の内のもの。この手揃いの脇の中で、特筆すべきは雀右衛門の藤の方。二重の上の出で、熊谷に切りつける場面での親の情の強さ。ここがいいので、後段の熊谷・相模の嘆きの深さ、我が子は助かっていたと知った時の藤の方の驚きがより生きる。まず当代の藤の方だろう。

 

総じて脇に助けられている部分はあるが、ニンにない熊谷をしっかり好演。描線の細さ故に、英雄的でなく等身大の熊谷像になっていて、これはこれでありだと思う。今後お父さんや叔父さんの様な線の太さを身につけて行く方向に向かうのか、このすっきりした路線を推し進めて行くのかは興味深いところだ。

 

この後幹部役者勢揃いで『壽三代歌舞伎賑』。まぁその華やかな事、華やかな事。両花道でのつらねも襲名ならではの豪華版。口上で幸四郎が、「当月は杮落とし以来の大入りです」と云っていたが、その通りの大入りだった。だがこの幕で一番印象に残ったのは當の出演。衰えが著しく痛々しい姿ではあったが、もう舞台姿は観れないのでは・・・と思っていたので、嬉しかった。

 

この後に仮名手本忠臣蔵から『祇園一力茶屋の場』。これが凄かったのだが、長くなったのでまた別項で。